ドリンク/雪城白雪の誕生日

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ドリンク/雪城白雪の誕生日

「ごめん、遅くなったよ」  皐月棗が足を踏み入れた部屋は、照明を最低限に控え、ところどころにぼんやりした灯りが点在する。ふわりと、甘く柔らかな香りが鼻先を掠めた。 「これ、なんの匂い?」  足元を確かめながら、いつもより慎重に歩みを進める棗に#雪城白雪__ゆきしろしらゆき__#が答えた。 「アロマキャンドル」 「白雪の好きな、今日は桜のお香じゃないのだな。珍しい」  陰になり、顔が見えないが声で不知火椛と察する。すぐ傍に如月桃華も居るようだ。ラメ入りのヘアゴムが僅かに光る。 「このメンバーだと、どうやっても騒がしくなるから。せめて場が和むように、今日はバニラを選んでみた」  普段嗅ぐ事のない香りを、棗はもう一度深く吸い込んでみる。甘ったるい、どうも鼻に慣れない香りだが、今日ばかりは白雪の誕生日の集まり。なので、彼女の望む通りにせざるを得ないのだ。周りの物がはっきり見えない、ぼんやりとした視界だが、甘い香りのおかげで妙に気持ちを和ませる。 「じゃぁ、始めよっか」 「ええ」 「何から?」  口を開いた白雪からは、この先の大会に関する情報(データ)が読み上げられる。一度部室で聞いているものの、確認をかねての、打ち合わせだ。蝋燭の灯りの下で、情報の記入されたノートを読み上げる白雪の姿を見て、棗はぼんやりと考えた。何だか、魔法使いが呪文を唱えているみたいだ。頸下で一つに整えられた黒い髪は、風呂上がりという事もあり一層艶がかかって色めかしい。一通り、データを解析した後、白雪はノートを閉じて軽く息をつく。 「まぁ。後は、私達次第。勝利を手に入れるには」 「任せて!」 「楽しみだな!」 「みんな頑張ってね!」 「何で他人事なの?」  桃華の言葉に、示し合わせたわけではないのに笑い声が一斉に上がる。 「さて。とりあえず、此処までにしよう」  そう、本来の今日のメインはこのミーティングではない。白雪の誕生日を祝おうと、一日ずらして、金曜日の夜に集まったのだ。本人からの希望は。 『私の好きなスタイルで過ごす』  つまり今日のこの場が、白雪が全て望んだものであった。立ち上がり、準備しておいた飲み物を手に元いた場所に戻る。 「今日は、ちょっと変わった物を用意してみた」  そう言って手渡されたグラスからは、オレンジティの香りが漂う。 「アレンジを加えた、フルーツティーパンチ」  一口飲んでみると軽い口当たり。 「美味しいねー!」  中にカットされた果物が浮かんでいるのも目に華やかだ。 「色が見えないのが残念だが」 「はい、それでは」  四本の手が、グラスを掲げる。 「「「「乾杯」」」」  音頭の後は、それぞれ何も言わず飲み干す。そして。 「……相変わらず、弱い」  そう呟いた白雪の目の前には、ソファで安らかな寝息を立てている桃華と椛。 「シロちゃん、これ、何が入ってたの?」 「赤ワイン」  けろりと言い放つ白雪に棗は苦笑する。極稀に少量のアルコールを飲ませて、その様子を喜んでみているのは知っていたが。 「どんぐらい入れたのさ?」 「グラス三分の一も入れてない。君は平気じゃない」 「う、まぁ」  時折、父や姉の晩酌に付き合ったりしている棗にとっては、大した事ない分量である。目の前の、独特の雰囲気を持つこの親友も、意外な程にお酒に強いのには、いつ見ても内心舌を巻いてしまう。 「ふふ。普段、私の事を振り回してる意趣返し」  嬉しそうにくすくす笑っている白雪に、もう一度棗は大きく溜め息をついて、苦笑した。 「お代わり、いかが?」 「ああ、じゃあ」  グラスに新たに注がれるティーパンチを、味わいながらそっと一口。 「全く、君にはホント敵わないな」  その言葉に、ぼんやりと明るい光の中で、一番に十八歳を迎えた親友は、珍しく柔らかく微笑んだ。
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