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そろそろ誰かが勝負を賭けるはず。抜け出そうとするはず。
まだか? まだ行かないのか? だったら、ここは自分が行くか!?
残り5キロを切って、フル回転しているのは身体だけでなく、頭の中もだ。
30キロ過ぎから、ずっと4人で先頭集団、誰も遅れることなく、抜け出すでもなく走り続けてる。
今日は風が強いから、みな先頭で引っ張るのは嫌なのだけど、さすがの実力者、高鍋大の大宮さんがずっと一番前にいる。自分の位置はそのすぐ後ろ。
きっと、大宮さん、「うざいなぁ」「たまには前でろよ」「人を風よけにしやがって」とか思ってるはず。でも、しょうがないよね。勝負だからね。勝ちたいからね。いや、でも、もちろん、ちょっとは申し訳ないとは思ってるんだ。風よけにしてすいません、ありがとね、大宮さん。
そして自分のすぐ左横で走っているのは、日向大の狭山だ。同学年だし、一番近所の学校でもあるから、実は彼とは仲良いんだよね。
どうする、狭山? あと4キロだよ。行く? 無理? どう? ついてくる?
バチバチとアイコンタクトを送ったのに、反応ないな。必死だな、狭山。苦しそうな顔してる。
できたら彼とワンツーフィニッシュ決めたいけど、仕方ない。勝負の世界は厳しいからね。ここは自分だけ行かせてもらおう。
そう決めた時だった。
沿道から黄色い声援。
「がんばってー!」「ファイトー!」「もう少しだよ!!」
狭山が属する日向大陸上部の女子部員じゃないか。いいなぁ。
そうだ、一ヵ月前、陸上体育会の会合に出席したときに、「今度、合コンやりましょう」って、狭山、言ってくれたよね。
どうしよう? ここで自分だけ行ってしまったら、やっぱり合コンの話はなしか。声かけてもらえないのかな。
うちの大学は工学部とか中心だから、女子大生ほんっとに少ないからね。先輩方も、狭山のいる日向大の学生と付き合ってる人ばかりだし。
どうする? ここはもう少し、様子を見るか?
なんてグルグル頭の中で、行くべきか行かざるべきか考えていた時に、右横で走る延岡学院大の川越さんと目があった。睨まれた気がする。
え? なに? 怒ってる?
実はこの先輩とも関りがあって、小学4年から中学まで所属していた陸上クラブの2年先輩なんだよね。
え? あの目はなに? どういうこと?
行ったら許さんって感じですか。いや、でも、これは勝負だからね。先輩風、ふかされても困るよね。そういうのよくない。
一瞬だけ目をつむってみた。先輩との昔の思い出。クラブではいつも、リーダー各だったなぁ。あれこれ、言われた気がする。口やかましい先輩だった。
よし! 大丈夫、いっきに決めてやる!
そう決心して目を見開いたとき、視界に入ってきたのは沿道にならぶ自販機だった。
「あ・・・」
川越先輩との思い出が再度、走馬灯のようにあふれ出た。
先輩はいつも、新しいドリンクとか、プロテインとか、いろんなものに手を出しては、「これ試してみる?」って感じでみんなにくれてたな。
ドリンクも何回も貰ったな。先輩の家、金持ちだったから、クラブによく差し入れもしてくれたっけ。
自分はもらってばかりで、先輩に何かしてあげたことはあったのだろうか?
*
走り出すタイミングをみつけられないまま、自分は3位入賞で大会を終えた。
その夜、コーチといろいろ話をした。
「相手との駆け引きよりもさ、お前は自分のタイミングで行かなきゃ」
「・・・はい」
「もったいないよ。考えすぎ。そりゃね、あの団子状態じゃあ、相手がいつ飛び出すか、体力残ってるのか、いろいろと考えるのもわかるけど」
「・・・すいません」
「相手じゃなくてさ、お前は自分のタイムと勝負しなきゃ。周りばかり見るなよ。いっそのこと先行逃げ切り型でもいいと思う」
「確かに・・・その方が向いているかも。余計なこと考えないで済むかな」
「最初っから、行けるとこまでいって、足動かなくなったら、終わり。それでもコンディションがいいときなら、絶対に行ける。何も考えないで、走りなさいよ。才能あるんだから」
『才能あるんだから』いただいたこの言葉を信じて、今も走ってます。相手のこととかは考えすぎないで、自分のペースで。
END
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