忘れ物

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「吸ってみる?」 手に持つタバコをちらつかせながら、聞いてきた。 「残念ながら、まだ未成年です」 「知ってるよ」 分かってるのに聞いてくるなんてイジわるな人だ。 「ろくでなしですね、あなたは」 呆れた顔でそう言った。 「そんなイジわるに付き合うなんて、少年は物好きだなぁ、もしかして…年上が好きなのかい?」 いたずらっぽく笑うのを見て、質問に答えるのが馬鹿らしくなったので無視してやった。 「無視しないでおくれよ少年、君から会いに来たのに酷いじゃないか」 「忘れ物を取りに来ただけですので」 僕はキッパリとそう言った。 「忘れ物?はて、君は何を忘れたのかな?」 何って昨日の夜会った時に…アレ? 「思い出せないのかい?」 何かを忘れているのは確実なのに何も思い出せない。 「一体何を忘れたんだろうねぇ?」 それどころか昨日の事もよく覚えてない。 彼女と会った事は覚えてるのに、その先が全く思い出せない。 「ありゃりゃ、これは重症だねぇ?」 そもそもここまで来た道のりも思い出せない。 「それなら泊まって行くといい…思い出せるまでずっとね…」 なんでさっきからは口に出していないのに、思った事に対して返事をしてくるんだ? そう思った途端に静かになった。 女?はただ静かにこちらを見つめ、微笑んでいる。 自分の心臓が得体の知れない恐怖でうるさくなる。 息をするので精一杯だった。 ここから逃げなきゃ。 「逃がさないぞ少年」 オンナがゆっくりと手を伸ばしてくる。 もし走り出すことが出来たとしても、捕まえるまでどこまでも伸びてくるだろうという根拠のない確信があった。 「その通りだとも、私は君を逃がさない…」 そのまま抱き寄せられる。 「あぁ…こんなにドキドキしてくれるなんて…私にも心臓があったのなら、君と同じだろうなぁ」 そう語りかけてくる声は慈愛に満ち溢れていた。 抱きしめる勢いがより強くなる。 だが挟まれるような感覚はなく、自分の体がナニカに飲み込まれていくような感覚だった。 そうしても意識も溶けゆく。 最後に力を振り絞り見上げるが、相手の顔がある部分は黒く塗りつぶされいるみたいで見えなかった。 元より顔など作り物だったのかも知れない。 そう考えたところで、僕は気を失った。
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