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マスターがゆっくり口を開く。
「お客様、ご注文は何になさいますか?」
「あっ、注文は……エスプレッソで」
マスターを前にすると目を合わせられなくて、俯いて声に出した。
エスプレッソが何なのか知らなかったので、何が出てくるのだろうとドキドキしていた。
「かしこまりました。少々お待ちください」
マスターが後方に備えられているコーヒーメーカーのボタンを押す。
下を向いてじっと考えていると、コーヒーの匂いが漂ってきて、思わず顔を上げた。
そこで水上はエスプレッソはコーヒーのことだと、ようやくわかった。
マスターがカップを手に持って立つと、いよいよエスプレッソを飲めるのだと水上は思った。
しかし予想に反して、マスターはカップを俺のテーブルに置くことなく、自分の口に近づけていって、そのままカップを傾けた。
呆気に取られた水上はエスプレッソは余興を意味する言葉なのかと思ったが、コーヒーの匂いがしたことを考えるとそれはないと思った。
「私のエスプレッソはやはりおいしい!」
マスターの屈託のない清々しい笑顔を見て怒りが込み上げた。
「俺のエスプレッソを飲みやがって!」
「お客様のエスプレッソは飲んでおりません」
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