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マスターは平然と言って、俺は困惑した。
「さっき飲み干したんじゃ?」
「さっきは何も入ってないカップを傾けて何かを飲んだ風に見せただけです。お客様が深刻そうな顔をしていたので、驚かそうと思いまして。年甲斐もなく、失礼致しました」
初めて来た客に対して、そんなことをしていいのだろうかと思ったが、腰を曲げて頭を下げている様子にそれ以上怒る気は失せた。
マスターが申し訳なさそうにカップを持ってきて、俺の前に置いた。
待望のエスプレッソはコーヒーとの違いがわからない、ただの黒い液体だった。
おそるおそるカップに口をつけて飲んでみた。
「にがーい、苦すぎる、なんだこれ」
「お砂糖がご入用なら、テーブルの上にある緑色の陶器の入れ物に入っております。ミルクが必要でしたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「いえ、結構です。頑張って飲みます」
口の中が苦味でいっぱいになり、室内の空気を大きく吸ってごまかした。
マスターが複雑な表情をしているので、水上は学校で噂になっていることを話した。
「俺はエスプレッソがコーヒーだとは知らなかったけど、噂ではこの店で砂糖やミルクなしでエスプレッソを飲むと願いが叶うと聞いた」
「ほー、そんな噂があるのですね。では、お客様は何か願い事があるのでしょうか?」
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