帰るべき場所へ

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 ホームに滑り込んできた電車に、あてもなく乗る。一番端の座席によろめきながら腰掛けた。素早く隣に座っていた女性が立ち上がり、逃げるように車両を変える。ああそうかい、そんなに俺が嫌かい。お前も俺の妻と同じ反応をするんだな。  酒臭い溜息を吐き、腕を組んで目を瞑る。ゆっくりと電車が動き出す。無機質なアナウンスが、「半蔵門線押上行き」だと伝えていた。  何もかもうまくいかなかった。仕事では使えないと言われクビにされ、家に帰れば妻には汚物を見るような目で見られる。2歳になる息子は決して俺に近寄ろうとしなかった。 「あなたは何もしないわね」  それが妻の口癖だった。 「竜也が生まれてから、あなたが竜也の面倒を見たことがあった? 家事をしたことがあった? あなたは、何もしないわね」  何もしないんじゃない、何をすれば良いかわからないのだ。  そう言ったところで通じなかった。わかっている、指示待ち人間なんてどこでも使えないことは。だが、何かやろうと動けば動くほど裏目に出る。もうやらなくて良い、と言われることもしょっちゅうだった。そして俺は何もしなくなった。  そのうちに精神を病み、俺は酒に溺れていった。家に居場所はない。毎日こんな風にふらふらと電車を乗り継いで、時間を潰していた。
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