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ふと、俺の前に何かが落ちた気配で目を開ける。
そこには、15センチほどの小さな子供用の靴が落ちていた。マジックテープの部分には、車の模様が描いてある。
拾い上げた瞬間、ざらりと記憶の底を何かが撫でた。だが、酒に酔った頭ではその『何か』の正体はわからなかった。
顔を上げて辺りを見回す。扉の前に立っている、ベージュのダウンを着た女性に目が止まった。片手には大きなボストンバッグを提げ、4歳くらいのキャップを被った男の子をおぶっている。男の子はどうやら眠っているようだ。規則正しい呼吸に合わせて、小さな背中が上下している。
覚束ない足取りで俺は女の元へと向かった。声をかけようとした寸前で、電車は永田町に到着する。
子供を背負っているとは思えないほどのスピードで、女はドアが開くなり早足で電車を降りた。真っ直ぐに前だけを見て、怒ったような足取りでつかつかと歩いて行く。俺は慌てて女を追いかけた。
女はそのまま、丸ノ内線のホームへと向かう。『赤坂見附』と書かれた駅名表示の看板を、俺はぼんやりと見上げた。丸ノ内線はほとんど使わない。初めて来た、と思ったところでもう一度、ざらりとした記憶が頭を掠めた。本当に初めてか?
記憶の蓋が開く感覚に似たそれは居心地が悪く、俺は舌打ちして女の方へと向かった。
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