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「ママ」
困惑する俺の耳に、小さな子供の声が届く。女の背中で眠っていた男の子が目を覚ましたようだ。
「起きたの?」
声をかけながら、女は子供を下ろして座席に座らせる。
「ママ、どこいくの? パパは?」
寝ぼけ眼を擦りながら、男の子はそう問う。酷く冷たい声で女は答えた。
「ママのおうちに帰るの。新幹線に乗るよ。パパは……知らない」
俺のいる場所からだと女の背中しか見えないが、俺には女の表情が簡単に想像できた。きっと俺の妻と同じ表情をしている。
「なんで? パパは? ねえママ、パパに買ってもらった靴、ない」
男の子は、右足の靴がないことに気づいたらしい。
「ママ、靴は?」
「落としちゃったのね、また後で新しいの買ってあげる」
女の声は依然として冷たい。男の子の声に涙が混じる。
「やだ、ぼくあの靴がいいの。パパに買ってもらったんだもん、あの靴じゃなきゃやだ」
「わがまま言わないで」
「やだってば! ママ帰ろう!? ぼく帰りたい!」
わっと声を上げて男の子は泣き始めた。
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