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林の中から聞こえた声に、アトリはとてもとても聞き覚えがあった。 でもどうして彼女がこんなところに? ここはアトリの島ではない。 彼女ほどの気位の高い人が、こんなところで何をしているというのだろうか。 「やっぱりアトリだわ!あんたね、あたしのことなんて言ったの?!」 「マゲイちゃん!!!」 アトリはぴょんと飛び上がって、マゲイに駆け寄った。 マゲイは腰に手を当てて、アトリに指さしをしながらガミガミと怒り始める。 「檳榔売りのくせにあたしを馬鹿呼ばわりしようなんていい度胸よ、10年早いわ」 「マゲイちゃん、マゲイちゃん、なんでここにいるの?」 「なんでもいいじゃない!そんなの!あんたびしょ濡れじゃないの。船はどうしたの?檳榔は?どうやってここへきたの?」 一方的にマゲイが厳しい言葉を浴びせるが、二人がいがみ合うような仲ではないことがホークには見て取れた。アーロンやアトリの話に何度も登場した、あの少女なのだろう。 厳しい口調と高飛車な様子を隠そうともしないが、彼女が少なくともアトリの味方であると知っていたことは救いだった。 それにホークにはマゲイの胸に光る首飾りに見覚えがあった。 なぜ、という思いがよぎる。 「あら?なによ、あなたは」 「・・・・・俺は海の民の当主、ホーク。あなたに敬意を・・・・教会の良き魔女よ」 ホークはその場に膝をついた。胸に手を当てて、伏し目がちに頭を垂れる。 はん、とマゲイは顎を上へ向けて瞳ではホークを見下ろした。 ぺたぺたとアトリがホークのそばに寄ってきて、よじよじと背中にのぼる。 「どうしたの?ホーク?あのね、この人はね、マゲイちゃん!!アーロンとアトリのともだち!」 「あんたの友達になった覚えも、アーロンの友達になった覚えもないわよ!」 「マゲイちゃんはね、怒りんぼうなの・・・・」 ぴしゃりと言われてアトリはしゅんと落ち込む。 「ばかね、アトリ。ホークだっけ?この人は私がどれだけすごいか知ってるのよ。アンタたち島の人だけなんだからね、あたしのことただの女の子だと思ってるのは」 マゲイほど気性の激しい人を知らないので、アトリは一度だってただの女の子と思ったことはなかったが、経験上それは言わないほうがいいと知っていたので黙っていた。 「・・・・・うん!」 「海の民、ホーク。あんたはヤンバルで魔法の教育をうけたのね?海の民に対して教会がよくそんなことを許可したものだわ。立ちなさい」 促されてホークはアトリを背負ったまま立ちあがった。 「入学は許してもらったが、問題があって俺は退学になった。だから卒業した証であるその羽の首飾りが、どれほどのものか知っている。アトリの友達がまさかこんな偉大な魔女だったとは」 「マゲイちゃんはすごい人なの?」 「そうとも。お前の友達はとても優秀な魔女なんだ」 「だから、友達じゃないってば!!!」 ひときわマゲイが大きな声で否定したときだった。 再び林の奥ががさがさと揺れる。 「マゲイ?浜辺で何を見つけたんだい?」 「ちょっ、ちょっと、来ないでよ!!!あっちで待ってて!」 マゲイはアトリが今までに見たことがないくらい顔を赤らめて、その声の主に呼びかける。アトリはなんだかその声に聞き覚えがあるような気がした。 「なんでもないから!来ないで!」 林の奥から近づく人の気配は止まろうとしない。 もう!いうことを聞いてよ!と慌てるマゲイは、アーロンやアトリが言うことを聞かないときとは全く様子が違っていて、アトリには別人にさえ思えた。 マゲイちゃんが怒り散らかしたりしないの?!いうことを聞かないのに、石投げたりしないんだ!? それは衝撃の様子だった。 マゲイにもアトリがそう思っていることがわかるのか、真っ赤な顔で半泣きになりながらアトリをにらみつける。 「誰にも言っちゃだめだからね!何にも言っちゃだめだからね!」 「マゲイ?大丈夫かい?」 林の草木をかき分けて現れたのは、一人の男だった。 ただ服装はアトリのものとよく似ていて、蔓で編んだ荷の中に檳榔をたくさん詰めていた。 檳榔売り ホークはアトリ以外の檳榔売りを初めて目にしたので、思わず息を飲んだ。 アトリはその顔に見覚えがあるのか、ぱっとホークの背中から降りて駆け寄っていった。 「トート!」 「アトリじゃないか!戻ってきたのか、よかった!」 トートと呼ばれた男はアトリをぎゅっと抱きしめてやった。 マゲイは顔を赤くしたまま、ぐっと下を向いている。 「心配していた。マゲイが皆をずっと説得してくれていたんだ。お前は戻ってくるから、厳しい処分はしないでくれと」 「そうなんだ!あれ?でもなんでトートそんなこと知ってるの?トートってそんなにマゲイちゃんと仲よかった?」 「アトリ!」 ごち、とマゲイの拳がアトリを軽く打つ。 魔女のあまりの様子に、ホークはアトリを抱え上げた。 「・・・・アトリ、マゲイとトートの問題なんだ。あまり触れるな。あなたも偉大な魔女なら子供みたいなことをしてアトリを叩くな」 「マゲイ、いけないよ。アトリは何も悪くないのに叩くなんて」 「なによ、あたしが悪いの?いつもあたしだけがわるいのね!」 「そんなことはいっていないだろう?アトリを懲らしめてやりたいわけじゃなかっただろう?触れてほしくないからって、叩いてしまったんだね。良いことじゃないと、君も分かっている。ほら、ごめんなさいをしよう」 「・・・・・・・っ」 マゲイがトートにたしなめられている。 アトリにはまたしても衝撃だった。これがアーロンなら、おまえが偉そうにするなと今頃ぼこぼこにされているに違いなかった。 マゲイは震えながらアトリを睨む。 「悪かったわね」 「・・・・え?!・・・・ああ、うん。アトリもごめんね」 「ほんとよ!デリカシーってもんがないわ!」 ぷりぷりと怒るマゲイの手を握り、トートはもう片方の手でマゲイをよしよしと撫でる。なによ!もう!とマゲイは怒っているが、おとなしく頭を撫でられている。 これって。 マゲイちゃんって。 マゲイちゃんとトートって。 「魔女よ。あなたはアーロンの妻ではないのか」 ホークがそう呼びかけると、マゲイはぎろりと睨み返す。 トートはホークの言葉にはっとし、恥じ入るようにマゲイの後ろに控えた。 「アーロンを知っているの?」 「アーロンはアトリを迎えに来た。あなたたちの事情も聞いた。檳榔売りが何なのかも」 そこまで言うと、ホークは彼女がアトリをしきりに気にしているそぶりをしているのに気が付く。 島民がアトリから、檳榔売りとは何なのかをずっと隠してきた。何も教えずに育ててきたという話を思い出し、ぎゅっとアトリの手を握る。 「アトリも俺も、同じことを知っている。あなたたちが何を隠してきたのかも」 「・・・・・・・・・そう」 マゲイはその言葉に、一瞬失望したような表情を見せた。だがすぐに踵を返し、林の中に足を踏み入れる。 「・・・なにしてるの?ついてきなさい。トート、あなたも」 マゲイはトートに手を差し出した。 「マゲイ・・・」 トートは躊躇していた。 「あたしはあなたの何なの?」 マゲイがそう言うと、トートはゆっくりとだがマゲイの手を握った。 「ごめんね」 「・・・・うん」 マゲイ達の後ろでは、機嫌を損ねまいとホークがアトリの口を手でふさいでいた。思ったことは言ってしまいがちなアトリはもごもごと何か言っていたが、今じゃない、今じゃないからとホークがなだめている。 「置いてくわよ、早くしなさい」 そう言ってマゲイは密林の中を進んでいく。 ホークとアトリは顔を見合わせ、そしておとなしく二人の後を追いかけ始めた。 ****************** ホークの立ち去ったヤンバルでは混乱を極めていた。 情緒が落ち着いているやつから話せ、というストークの言葉はほとんど届いていない。 わあわあと好き勝手に喧嘩を始める街の住民と海賊たちを横目に、ストークは魔力を暴発させた少年のもとへ駆け寄った。 「なにするんだい?!」 母親らしき女性が近づいてきたストークからかばうように少年を抱き込む。 ストークはイライラしながらビシッと指をさす。 「そこを退くんだな。ぼくが来た理由なんか一つだ、怪我の手当てをしにきたにきまってるだろう!」 「・・・うちの子は海の民だ、診てもらってもお金だって払えやしないよ」 ストークはその言葉にさらにイライラする。 「はあ?お金が払えないことぐらい見たらわかるし、そんな人からお金なんか取るわけないだろう!馬鹿だね君は!ぼくはヤンバルで一番偉いんだぞ!一番偉い人が、どうしてお金なんかとるんだ」 まったく理解できない!と心底あきれたようにストークは言い放つ。 その話ぶりにあっけにとられたのは、なにも少年の母親だけではない。 そばで混乱からストークを守っていたアーロンも、周囲のヤンバルの街の者も海賊もぽかんとしていた。 「なんだなんだ皆して!けが人から金を巻き上げるなんてこと、ぼくがするとでも思うのか?するんだったら無許可の商船を拿捕してる方が何倍も稼げるじゃないか馬鹿だなあ!」 そう言ってストークは意識を失っている少年に手をかざし、治癒の魔法をかける。ホークのものとは違い、白い淡い光が少年を包み、ゆっくりと消えていく。 「直に治る。魔力の暴走と言っても、気を失っているだけだな」 そういってストークは目についたヤンバルの街の老人のもとへ歩んでいく。 「右腕を。けがをしている」 「ストークさま!海の民のやつを、あんな奴らをヤンバルから追い出して下せえよ」 腕の治療をしながら、ストークはまたイライラし始める。 「馬鹿かお前は!そんなことをしたら税収が減るだろう!ヤンバルの街を維持するのにどれだけ金がいるとおもっているんだ!」 またその言葉に数名がぽかんと口をあけてあっけにとられる。 目につく人を治療しながら、耳に飛び込んでくるいろいろな情緒不安定な言葉に、ストークはいちいちイライラと返事をする。あまりにもその言葉が身も蓋もなさ過ぎて、皆次第になぜか閉口していった。 「いいかい!まったく君たちは海賊とか蛮族とか海の民とか教会のしもべだとか、くだらないな!自分の生活を守ることを第一に考えないか!ヤンバルみたいな小さな独立都市は、とにかく貿易しないと君たちの生活は立ち行かなくなるんだぞ!」 「・・えー、でも」 街の誰かが、さすがにポリシーがなさすぎるのでは、ともごもごと不満をいうと、さらにストークは怒る。怒りながらアーロンに自分を肩車させて、周囲に見えるようににょきっと群衆から頭を突き出す。 「でももなにもない!みんなの生活を守るために僕が働いてるのに、自分でダメにするというのなら、ヤンバルからでていくんだな!だれかを追い出す権限はぼくにしかないんだからな!偉いんだ、ぼくは!」 あまりにもストークが怒っているので、ヤンバルの住民たちは陸も海のものも含めて、皆なんとなく落ち着きを取り戻す。 「わかったようだね」 ふんす、と鼻息を荒くストークは踏ん反り帰った。 しかしその時だった。 今までどこかに身を隠していた西施が、自分の手下の商人の首根っこを捕まえて血相を変えてストークのもとへやってきた。 「今度はなんなんだ。いっておくが西施、お前はただで済むと思うなよ!」 アーロンはずっとストークを肩車をしながら、なんでストークは聖職者なんだろうかとさえ思っていた。どう考えても海賊のセリフだった。 「それどころじゃないわよ!」 べちん、とまるで人をたたきつけるように商人を道へ転がす西施。 商人は顔じゅうに引っかき傷をつけられていて、うう、とうめいた。 「俺はヤンバルのためにやったんだ!」 「うるさい!あんたね、なんてことをしてくれたのよ!」 「なんでだよ!浅い海の連中がヤンバルを襲いに来るんだろ、アンタの積み荷を返せって!海賊だってヤンバルだって、そんなこと許さねえよ!だから追い払ってくれるように、アンタの国の連中に手紙を出したんじゃないか!」 西施は商人の顔をさらに引っかく。 「ばっっっっかじゃないの!?利益もないのに助けてなんてくれるわけないじゃない!」 「だったら別に!」 「それが馬鹿なのよ!あんたのせいでね、私の祖国はヤンバルなんていう貿易都市が阿片も出回ってない優良な場所だって気づいちゃうじゃないの!あんたのせいで、助けるなんて名目でこっちに来ちゃうじゃない!ばか!ばか!」 言いながら西施の瞳から大粒の涙がこぼれてくる。 「・・・・・せ、西施さま」 商人は初めて見るその涙に、呆然とした。 事の重大さを、その涙で知ったのだ。 「ここの海には妖魔もいない、化け物に食われて命を落とす心配を誰もしていない!あたし、あたし、こんなに遠くにくるまでそんな場所がこの世にあるなんて知らなかった!あたしの国はね、ヤンバルなんて平和な場所を見たら、ここにいる人たちを皆殺しにしてでも欲しいと思っちゃうの!そういう、そういうね・・・・・っ」 西施の瞳は燃え上がるようだった。 悲しい声が響く。 アトリより少しばかり年上の少女に、これほどのことを言わせる国とはなんなのか。 ストークでさえその本当の片りんを知らない。 これからやってくるとてつもない暴力を知っているのは、この街を混乱に叩き込んだ西施たった一人だけだった。 「最低の国なのよ・・・・・っ!」
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