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寝室の扉を薄く開くと、ベッドの傍らで泣き崩れる家政婦と項垂れる医師の姿が見えた。
私は母の亡骸に背を向けると、その足で階下の応接室へと向かった。
その貧相な男は、以前のように灰色のスーツでソファに腰掛けていた。
足を組んで背もたれに腕を回した尊大な態度だけが以前と異なっていた。
二タニタと軽薄な笑みを浮かべ、ゆらゆら頭を振っている。
恐怖にすくんだ私は、それでも精一杯の皮肉で抗った。
「時間に正確なことですわね、弁護士の先生というのは。それとも遺言執行者とお呼びした方がよろしいかしら?」
例の写真を懐から取り出すと、私は目の前にいる男と見比べた。
写真も実物も吐き気がするほどおぞましい。
「それに嘘つきで悪趣味。母の遺言はとっくの昔に受け取っていたくせに。それを私自身が解明するように仕向けて楽しんでいたとはね。」
私は男が写った写真を本人に向けて投げつけた。
写真が中空を舞って床に落ちる。
再び男に目を戻すと、その姿は漆黒の獣毛に覆われた獣と化していた。
獣は赤い目で私を睨めつけると、地鳴りのような低い声で凄んだ。
「お前の母親は死んだ。遺言通り、子であるお前の魂をいただこう。」
獣が近づく。
突き出した鉤爪が震える私の頬を撫でる。
私はその時初めて、母の晩酌のワインに毒を盛り続けたことを後悔した。
END
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