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つるぎの少女
静寂の中に、微かな音が聞こえた。
少女の意識はすでに迫りくる風を捉え、躰は考えるよりも先に、自然と滑るように動きだしていた。
(嫌な風がくる)
悪意をのせた愚風の流れを察知した瞬間、少女の眼前を木刀が通り過ぎていく。
この紙一重の攻防こそ、神刀流開祖エルドランが到達した剣技の極意である。
元来、神刀流とは攻めの剣術であり、神刀流の守りとは足さばきをもって相手の攻撃を完全回避か、受け流すことを念頭においている。
(力と力のぶつかり合いは、単純にすぎる)
強者の称号とは、技量によって肯定される。と、少女は信じて疑わない。
「おらおら、どうした小僧! 先ほどから避けてばかりだぞ!」
ごつごつした両手に、木刀を握り締めた大男が吼えた。木刀の長さは、少女の背丈ほどあろうか。
「…………」
大男の怒鳴り声は、沈黙を守り精神統一のため意識を集中している少女の鼓膜を不快に打つ。
「しかし、当たらねぇ。どうなっていやがる」
木刀をがむしゃらに振り回す大男は、焦りと困惑の表情で呟く。
騎士団崩れとはいえ、自分の攻撃が年端もいかぬ子供に、かすりともしない現実。それをまざまざと見せつけられている。
「気にいらねぇ。気にいらねぇな」
大男は動きを止めて、木刀の剣先に自らの闘気を溜めていく。
「おいおい、あのレンバルが圧されているぞ…」
「この町1番の荒くれ者が、子ども相手に手玉に取られている。信じられん」
「誰か止める奴は、助ける奴はいないのか?」
「衛兵か、自警団を呼んでこい!」
「それがバガンさん主催の一騎打ちみたいだぞ」
二人の闘いを、後から見にきた野次馬や見物人たちは、各々に騒めいていた。
しかしながら、最初から闘いを目撃していた連中は呆気に取られ、一様に信じられないという表情となっている。
少女の技量、それは神業と呼べる類いのものだった。
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