砂漠の都市

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 朝市が終わったサンタフルの町には、特に見るべき名所もないので、クンクハルは早々に、顔役バガンの手はずで予約されている宿屋を訪れることにした。 「……しかしこれはまた、大きな旅籠ですね」  サンタフルでも高級宿とされる〈白馬亭〉の看板を見上げ、クンクハルは感嘆の声を漏らす。  緊張の面持ちで、表通りにある正面玄関から宿屋の中にクンクハルが入ると、身なりの良い行商人や観光客がまばらにロビーでくつろいでいた。  〈白馬亭〉に雇われた警備員が、こちらを凝視しているが、視線に気付かない素振りでとことこ歩く。  ロビーの端では、ラコティス砂漠に生息する砂亀の甲羅で作られた楽器を手に持った老齢の奏者が、軽やかな音色を生み出している。  思わずクンクハルは立ち止まり、外国の音楽に耳を澄ます。匂いが鼻腔を刺激する。 (あっ、いけない。部屋を尋ねないと)  長い黒髪をかきわけ豊満な肉体を揺らす女性が、受付カウンターの席に座して黙々と帳簿をつけていた。 「女将、材料の買い出しに行ってくる」 「はいよー」  髭面の男が、相槌の返事をした女性に声をかけ、大きな背嚢を背負って外に出て行く。 「すいません、部屋を予約しているクンクハル・ラオコンです」  女将と呼ばれた女性が、経理の作業中のため声をかけづらい雰囲気だった。それでもクンクハルは物怖じせず名乗った。 「あんたが? ふーん…話はバガンの旦那から聞いているよ。わたしがこの旅籠を一任されて経営しているから、困ったことがあれば遠慮せずに言いなさい」  物珍しそうにクンクハルの出立ちをじっくり見た〈白馬亭〉の女将は、笑み浮かべてそう言った。
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