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 「専属秘書業務、相当えげつない…」  一日を終え早くも了はげっそりしている。  面談中ずっと後ろで会話を聞いて、パソコンに内容を打ち込みながら相手を観察するという繰り返し。慣れない作業は目のあらいかき氷機で粉砕されるみたいに集中力がごりごり削られる。  おかげで昼前なのに既に一日の体力をとっくに消耗し切っていた。 「福嶋マネージャー」  返ってきたのは短いため息。 「名字で呼ばれるのはかしこまりすぎて慣れません。ムズムズします。名前で呼んでください」 「上司を名前で呼ぶなんて、恐れ多くてできません」 「じゃあせめて肩書きはやめてください」 「ふ、福嶋、さん。ご要望に添えているかわからないので一度確認していただけますか」  了の席にチェアを寄せて、データをざっとスクロールする。  マウスを操作する指が長く、爪の形は平たい長方形で女性的なのが妙に色っぽい。慌てて了は視線を画面に戻す。 「いいですね、この『シャツに動物の毛がついている』とか『ポケットが膨らんでいる』とかよく観察されています。こんな感じで進めてください」 「はい、ありがとうございました」 「でも問題はこっちの面談録の方。英語にだいぶ誤りがあります。エレガントではなくアロガント、アフルエイトではなくアフィリエイト」  自白すると面談者と福嶋の会話についていけなかったのは一度や二度じゃなかった。 「すみません、すぐ直します」 「了、ちなみにTOEICの最高点数は?」  上司の瞳が画面から外れ、鋭く光った。 「ご、五百二十点…です」  福嶋は三日月型だった口角をさらにキュッと上へ上げる。政治家の選挙ポスターならば一瞬で当選しそうなほころびのない笑顔だ。  しかし後ろに渦巻くオーラが、ごうごうとどす黒く唸り、今にも飲み込まれそうだった。恐ろしくて背筋がピキッと一瞬で凍りつく。 「五百ですって? 全然ダメ、完全アウト、お話にもならないです」 「は、はい…すみません」 「その点数でよく三年も指摘されずに済みましたね? むしろよく受かりましたね? グローバル展開している会社の社員なんですから、総務であろうとこれくらいの用語は最低限の教養として理解しておいてください」  笑顔の奥の目が完全に真顔だった。  猟奇的殺人犯のような得体の知れなさを孕んでいる。申し訳なさより勉強不足を恥じるより、ただただ恐怖が勝った。 「じゃあ午後からはまた続きをお願いします」  固まっている了を構わず福嶋はガラス扉の向こうにさっと消えていった。 「何あれ、こっわ…」  いくら見とれるほど外見が端麗だろうが笑顔が素敵だろうが、あんなおっかない人に恋愛感情なんて抱けるわけがない。  五度は確実に気温が下がった部屋で了は腕に出来た鳥肌をさすりながら『TOEIC 参考書』とすぐさまブラウザの検索ワードに打ち込んだ。
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