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「何ですかこれは」  ハイオは目の前に置かれた物体に困惑していた。というより、呆れていた。 「死体だ」  見りゃわかるだろと黒髪の不潔な男が言う。 「違います。いや、そうなんですけども。私が訊きたいのはそんな事じゃないんですよ」  二人の間の台の上で横たわるそれは、小汚い布に半分ほど巻かれ、腐臭を撒き散らしている。中身は死体であるのだが、そんな物がここへ運ばれてくるのは、いつもの事である。だから、死体が在る——ここまでは良い。そんな事は全く問題ではないのだ。  問題なのはそれが何の死体であるかである。  ハイオは、やれやれと演技じみた溜め息をついた。 「これは私の専門外です」  ハイオが汚れた布を取り払うと、腐敗したタンパク質の匂いが一気に広がった。  匂いをもろに吸ったのか、男が顔を引きつらせる。  露わになったのは——人間の死体だ。 「カルロ、あなた達ハンターはいつから殺人をするようになったんですか?」 「お、おいおい誤解しないでくれよ」  カルロと呼ばれた男は慌てて弁明した。 「あくまで俺の専門は幻獣だ。そりゃ表向きは熊や猪なんかを相手にしているが、人間は対象外だ。殺さねぇ」 「当然です。私も幻獣専門です。——で」  これは何ですかと、ハイオは死体を指して改めて尋ねた。 「何だと思う?」 「ふざけないで下さい」  そう言いつつハイオは死体を観察した。  明らかに人間——それも少女である。おそらく十代前半だろうとハイオは推測した。  四肢の至る所に傷があり、首は見事に両断されている。何本かの指は肉が爪ごと捲れており、末節骨が露出していた。所々が切り刻まれた、茶褐色の染みのある衣服を観るに、おそらく腹部もかなり傷がつけられているはずである。  どれも痛々しくはあるものの、生々しくはなかった。鮮血が出ていないのだ。とは言え、観たところ、幻獣でよく見られる自然治癒がはたらいているわけではないらしい。しかし唯一、首の切断面だけが微かに血で濡れているように見える。これは新しい傷だろう。 「その首は俺がやったんだ」  こいつでな、と狩人は腰のククリ刀を示した。その独特なカーブを描く刃にかかれば、少女の首など、両断するのはさぞ容易いだろう。  それはさておき。 「さっきから気になってたんですけど、これ、いつの死体ですか?」  ハイオがこの死体を見て最初に思ったのは、人間なんぞ殺してしまって一体どうするのか——ではなかった。  この死体はちぐはぐなのである。  腐敗の進行と傷口、それからカルロの言動とが合致しない。  それなりに腐敗はしているし、相応の匂いもする。当然ハエも飛び回ってはいるのだが、どういうわけか卵を産み付けたり汁を吸ったりはしようとはしない。通常、こういった死肉には十分もすれば集まる。ところが、まるで見えない壁でもあるかのように、ハエはそれ以上近づこうとはしない。死体のどこにも、蛆どころかその抜け殻すらも見当たらない。  そして、身体の古い傷と違い、首の断面だけは新しい。つまり断頭はこの少女が死んでから行われたということである。  ——なるほど。  ハイオは顔を上げてカルロに向き直った。 「お、わかったか」 「はい。あなたが少女の死体を傷めつける変態だという事がはっきりと——」  だから違うんだってとカルロが遮った。  その慌てようを見て、ハイオは微笑した。楽しんでいるのである。 「冗談ですよ」 「お前が言うと冗談に聞こえねぇんだよ。それで、判ったのか?」  カルロが再度尋ねるとハイオは、はいと頷いた。 「この子は」  ゾンビですね——幻獣専門の標本師は静かに答え、台の隅に視線を移した。そこでは、死した身体から切り離された少女の頭部が、眠るように瞼を閉じていた。
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