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番外編:窓の中
4話目の途中、別視点
薬師は羽に付いた血を、丁寧に一枚ずつ洗い流していく。先程天使が座っていた椅子には血が溜まり、決して安易にしていい選択では無かったことを伝えてくる。それでもこうしたのは、天使が強く願ったからだ。この事は絶対に学者に知らせてくれるなと、固く約束を結ばせるのと同時に。
必死に歯を食いしばり一言も悲鳴を漏らさなかった天使に敬意を評して、この光景は欠片も彼らに匂わせてはならないと、綺麗に綺麗に洗い流した。
*****
店が不穏な気配に囲まれた頃。
オリバーと学者の男が店の外に出ていく。どうしたものかと窓の外を見ていると、真っ直ぐに向けられた天使の視線に気付いた。
「羽を、やっぱり買い取ってもらえませんか」
「……それはさっき必要ないという話になったはずだよ」
言い聞かせるように話しても、天使は頑なに首を振る。その顔は諦めとかはなく、何かを決意したようだった。
「ここで万がいち天使だとバレたら、きっと面倒なことになる。先生は家と縁を切っているから、僕を守りながら、僕のためにしてる研究もお金を掛けてる」
天使は思いの外人間の世界をよく知っていた。それこそ、学者の家を訪ねる人々の話を聞いていたのだろう。金にならない研究について文句を言う者、売っている薬について探りを入れてくる者、それこそ天使の存在に勘付いている者もいたはずだ。
「ここで一回きちんと否定する。僕はただの助手で、あの人には探られて痛む腹なんてないことを示す。その為にはこの羽は邪魔でしかない」
「それでも……きっとあの男は悲しむんじゃないかい」
仕事で多少取引をしたことがあるだけだ。しかし常に町に住む人間のことを考えた、殆ど利益は出ないような薬や契約の度にわざわざ出向いて確認する姿なんかに真面目で誠実な人柄が伺える。
そんな人間が身内が身を削るのを喜ぶとは思えない。天使もそれを分かっているのか、何かを思い出すようなそぶりをしながら、それでも、と尚言った。
「羽はきれいに抜けばまた生えてきます。生え変わりが無いわけではないんです。一生に一度あるかどうかですが、ちゃんとまた生えてくる。僕は、あの人に少しでも恩を返したいんです」
だから今は、と頼み込む天使と、未だ戻らない二人を思い、薬師は唸った末頷いた。
「良いよ、買い取ろう。私ができるすべてのコネを使ってできる限りの高値で売ってみせるよ」
「……良かった、ありがとうございます」
ほっとした顔で、天使は店に入ってから初めて頬を緩めてみせた。「じゃあちょっと抜くの手伝ってもらえます?」と聞かれたときは話が違う!?と叫んだが、結局押し切られてしまったのでこれも天使の思うつぼだろう。
引きこもりで世界を知らないと思っていた天使は、意外と人間味があり、賢く強かだった。
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