飴は噛む派

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飴は噛む派

 *****      衝撃的な出会いを回想しながら、オリバーはもう一粒飴を舐める。最近町で売られているこの飴は、のどに良いとか何とかで大流行だ。時折新作を出すこのブランドは、白い鳥のシールが貼られている以外一切の情報が秘匿されている。しかし出す商品はことごとく売れ、売れない薬師の弟子としては是非とも研究内容を教えてほしい。  検証と言い張って飴を買い続けているが、そろそろいい加減にしろと怒られるかもしれない。じーさんは寛容だが怒ると長い。    昔うっかり薬草を雑草扱いして捨てた時のことを思い出しながら、オリバーはうんざりしていた。帰ったら確実に怒られるだろう。いや飴のせいだけではないが。でもこれは確実に怒られる。   「はぁ…、何かすっごい面倒事を抱えた気がする……」    オリバーは部屋の中を確かめるようにうろうろと歩き回る天使を眺めて、肺をひっくり返すようにため息をついた。      突然目の前に現れたと思ったら無愛想極まりない声音で誰何した天使は、オリバーが町から来たことが分かるや否や、今すぐ自分を連れて町へ行けなどとのたまった。    よくよく見れば裸足な上に、首にはチョーカー……見ようによっては首輪のようなものも付けている。そして門の鍵と塀を乗り越えて来たという状況は、オリバーに容易く"監禁"の二文字を想像させた。    怪しげな学者に監禁された天使が、ここから連れ出せと言っている。    それは、そう正義感の強い方ではないオリバーでさえ使命感に駆られるような、そういう状況だったのだ。だから思わず、二つ返事で受け入れて手を引いた己の判断は仕方がなかったのだろう。しかし実際に町が近づくと、オリバーはどうしたらいいか分からなくなった。   「あ──、とりあえず、アンタはぜっったい目立っちゃだめだから。天使ってバレたらどうなるかわかんないし。俺も正直バレた後まで助けてやれるかっていうと怪しい」 「分かってるよ」    天使なんだよな。どう見ても、誰が見ても必ず二度見するであろう分かりやすい姿だ。いや来ている服はどこぞの貴族のぼっちゃんじみているが、羽を見られたら一発でバレる。    天使は部屋から持ってきたのか、頭からシーツを被っていたが、それだけでは心許ない。腰のあたりからもこっとした盛り上がりは、確実に人の興味を引くだろう。その上風が吹けば容易に捲れる。この格好で町中に下りてみろ、片手を数えるほどの間もなく衆目を浴び人だかりが出来る。   「もうこの時間だから人はそんなに歩いてないだろうけど、アンタを町中に連れて行くのは正直厳しい」 「? じゃあどうするの?」 「町の入口には宿があるから、今日はそこにとりあえず泊まろうと思う。これからどうするかは明日考えよう」 「宿」    じっ、と見つめる天使の瞳が珍しい薬草を手に入れた薬師のように輝いている。この人はどうやら知識としてある程度の事は知っているようだが、実際に目にするのは初めてらしく、脳内で答え合わせを楽しんでいる節がある。森を抜ける間も植物の名前をあれこれと聞かれた。    まあそれに同情というか絆されたというか、憐れに感じてこんな所まで付き合ってしまった責任は取らなくてはならない。      薬師の家は比較的町の中央に近い。帰ることを諦めたオリバーは、子どものように落ち着きなくあたりを見回す天使を扉の向こうへ押し込んだのだった。     「ねえ、あそこの人間は何してるの?あ、あれが犬っていうやつ?それとも馬だったかな。人間以外の生き物もいっぱい居るね。紐で縛られてるのがほとんどだけど」    呑気に窓の外を眺めて質問しつつ、時折ダークな感想を交えてくる天使は、オリバーの持つ天使の清廉で美しいイメージをまるでトンカチで成形するように叩き壊してくる。   「……そうだよ!これが人間の共存のカタチなんだ。縛ってないやつもいるけど、そういうのは大体"デカイ家"にいるもんさ」 「……確かに」    いい加減頭の容量を軽く超える情報量に、オリバーは早々に思考を投げ出した。きっと明日の自分が全て解決してくれるだろう。    とにかく今はこの捻くれた天使をどうにかして素直に感動させたい。というかまだお礼も言われてない。どうやら俺はこいつと出会った人間一号として、この非常識な天使とどうしても戦わねばならないようだ。        *****      翌日二人で飴を転がしながら、額を突きつけて話し合いをする。(もっとも真剣にというより狭い部屋で向かい合うと、ほとんどの空間が羽でいっぱいいっぱいになってしまったからだが)    昨日バチバチに口論したのがきいたのか、天使とは出会って二日目とは思えないほどスムーズな会話ができるようになっていた。初めからお互いに遠慮がないのも良かったかもしれない。  だからといってたかが一日で仲が良くなることも無いが。   「というか話し合いもクソもないんだよ。アンタ当てはないの?」 「そんなものあったら、そもそも君に連れて行ってもらう必要なかったと思わない?」    ですよねー糞がッ!思わず心の中で罵りながら必死に自分を宥める。大体何でこいつはこうも偉そうなんだ?俺が助けないと実質ぼっちのくせに!   「……アンタ、俺と出会わなかったらどうするつもりだったの」 「当分は町のそばで野宿するつもりだったかな。僕は人間が食べるような食事とかはいらないからね」 「なるほど?」    てことは俺はもしかして余計なことをしたのか。いやでも町のそばなんてどうせすぐ見つかるに決まってる。無駄じゃない…と思いたい。  俺がぶつぶつ行っている間に、喋り終えた天使が小さく「なくなった」、と呟く。催促されるまま二粒目を手渡しつつ、もう一度二人して頭をひねる。    水差しひとつにも興味深そうにする天使が、飴玉は慣れたように口に運ぶのが少し印象に残った。    
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