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大晦日まで仕事があり、日が暮れてから帰路についた。
その途中で出会った一団。
「火の用心」
数人の人達がその口にしながら拍子木を鳴らし、夜道を歩いていく。
防火の見回りをしているのか。
声はかけないが、お疲れ様の意味を込めて、すれ違う時に軽く会釈をした。
その時に、一団の中に見覚えある相手を見かけた。
十五年以上前、近所の住宅が火事になり、そこの住人のおじいさんが亡くなった。
一人暮らしで、当時小学生だった俺を何かと可愛がってくれたから、今でも顔ははっきりと覚えている。
そのおじいさんそっくりの人が防火を訴える一団の中にいる。
他人の空似? でも確かにあの顔は…。
戸惑い、その場に立ち尽くしていると、亡くなったおじいさんそのものとしか思えない人が足を止め、こちらを振り向いた。
「火の用心。ワシのようになりたくなかったら、くれぐれも火の用心…」
そう告げておじいさんはまた歩き始め、一団は夜の闇の中に消えていった。
あの人達はみんな、火災で亡くなった人達なのかな。これ以上火災で亡くなる人が増えないよう、ああして今も防火を訴え続けてるのかな。
ありがたさと物悲しさがどっと胸に押し寄せる。その気持ちを少しでも伝えたくて、俺は一団が消えた闇に深々と頭を下げた。
火の用心…完
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