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こんてすと
冬の海風はとても冷たくてただ私の事を凍えさせるばかりだった。
けれど、そんな所からの景色は美しくて、なんだか生まれた街を思い出させる。それは懐かしい人に会ったからだろうか。
久し振りに会った彼は幼馴染。私も小さい頃から知っていた人間で、街を離れた私ともう会う事は無いと思っていた。
それなのに私の前に急に現れた。
「久し振りだな、元気?」
簡単に昨日会っていたかの様な言葉と共に。私はそんな言葉に対して「なんでこんな所に居るの?」と驚きと一緒にちょっと怒りを込めていた。
「普通に仕事で」
若干奇跡や運命と言う言葉の方が似合うのかもしれない。私たちの一緒に育った街は遠い。
また冷たい風が吹いて、そこには雪が混じっていた。あの街は暖かくてこんな雪だって子どもだった私は喜んでいた。
でも、そんな寒さにも随分慣れてしまって、そんな事は気にならない。今日現れた彼の事の方が気になる。
「懐かしいんだから飯くらいどうなんだよ? 奢るから」
断る理由なんて無かった。私だって懐かしい思いをしていたのだから、彼と昔話をする機会が有っても良い。そう思っただけ。
「お洒落なところは御免だよ」
そんなデートな気分にはなりたくない。もう良い。
近所のどこにでも有る様なファミレスで彼と一緒にご飯にしたが、そこには懐かしい話題が併せられていた。
どうなる事だろうと思ったけれど、楽しい話ばっかりだったのでこれは中々宜しかった。
「またこうして二人で話せるとは思わなかった」
そうだろう。私だって彼に二度と合わす顔なんて無かったのだから。
「フッた人には会わないと思ってた」
彼とは故郷を離れるまで恋人付き合いをしていた。そしてそれを終わらせたのは私の方。
「ひどい理由で振られたけどね」
昔の事だからなのだろうか、彼は傷になりそうな事なのに笑っている。おかしな人だ。
「田舎はキライだったんだ。そして住みたい街が有った」
私が恋人を捨てた理由はそんな事だった。別に彼の事がキライになった訳じゃない。もともと住んでいた街に不満が有ったんだ。
あの街は水産産業が有るだけの田舎な街で、そんなのは誰だって好んで住むところでは無い。土地も少なく、どこでも立地が悪い。
それに対して北国とは言えこの広大たる大地が有るところを私は憧れていた。そんな人は他にも居ただろう。
首都の大都会へ向かった人も居る。歴史深い街に住みたい人も居る。もっと暖かい所を目指した人も居る。
私だけじゃないんだ。
ただ私は好きな人を捨てただけの事。
「一言文句でも言いに現れたのかと思った」
彼なら私に恨み事を言う権利はある。自分だってそう思っていたのだから。今日はその覚悟も有った。
「そんな事は言えないよ。君がこっちに住みたいって言ってたのは知ってるから」
もちろん私は急な思い付きで彼をフッてまで故郷を捨てた訳では無い。もう子どもの頃から思っていた。
遠い昔に本で読んだこの大地の事を目指してずっと進み続けていたんだ。
「私も頑固だったとは思うよ」
けど今ではちょっと違った印象が有る。
もちろん故郷に帰りたいとまでは思わないが、こっちにやっとの想いで辿り着いた時には嬉しさの反面寂しくも有った。
そんな事だから今、この海の有る方へ住んでしまっているのかもしれない。
「君は今は、幸せ?」
彼の言葉が痛いくらいに思えた。私は幸せなのだろうか。
故郷を恋人を捨て離れ、それで成功した人生にしようと私なりに頑張った。恋もした。仕事もした。そして結婚もした。それは直ぐに終わってしまったけれど。
彼と別れても普通に恋愛はしていた。彼の事は過去なんだと思って、私の事を愛していると言ってくれた人と結婚をした。それなのに私の方が愛せてなかったのだろう。結婚生活は三か月で終わってしまった。
「バツイチの子供も居ない三十路女は不幸だって? どうだろうね」
キャハハハっとその場では笑えていた。けれど、それは私なりの強がりでしかなかったのかもしれない。
決して今の私は幸せとは言えない。確かに不幸と言える程の人生ではない。
離婚をしてから仕事も順調で人より多くは無いけれど、遜色無いほどに稼いでいる。頑張ったからだろう。
恋人は居ないけれど、寂しくはない。一度間違えた人間でもそれを人生の汚点とはしない。
「俺の方は不幸だよ。好きな人と会えないのに忘れられない」
おかしな事を言い始める人が居た。私と彼はもう過去の関係。それなのに彼は。
「それって、まさか私の事じゃないよね」
なんだか、まともに聞くのが怖くて私は逃げようとしていた。
「ホントは君の事を探したんだ。友達とかに聞いて。情けないよな。でも、また会って思ったんだ」
聞きたくない。そんな事を言われたら、これまでの私が壊れてしまいそう。
「そんな話はしないで!」
大声を張り上げてそのまんま私は彼との席を離れて逃げてしまった。情けないのは私の方だ。
「君の事が好きなんだ。もう一度付き合いたい。どんな返事でも待ってるから」
彼は店の前で私の事を見送りながらも捕まえないで、それだけを言っていた。
そんな状況から逃げて今の私が居る。
随分昔の事を思い出す時間になってしまっている。私はこれまで前だけを見て進んでいたつもりだった。
恋人を捨て、故郷を離れ、仕事を頑張って、結婚をして、離婚をして、そんな人生だった。
私はちゃんと進めていたのだろうか。
ずっと彼の事は忘れなかった。好きだと言う思いを閉じ込めて忘れた振りをしていた。
古里と似た景色を探していた。家からすぐに海が有ったから海の近くを目指して。
誰かに馬鹿にされない様に働いた。ただの強がりで家事をできる人間に憧れている。
結婚はただ誰かに自慢したいだけだった。必要ないとわかっていたし、愛していなかったのもわかっていた。
離婚したことだって平気な気がしていた。けれど、私は幸せになれないのだと落ちていた。
結局のところ私は走り続けていたと自分で思っていただけで、全く進めていなかったのかもしれない。おそらくそうなんだ。
それが分かった瞬間に想いが溢れる。彼の事がとても恋しくなった。再会した時は嬉しくってつい怒ってしまった。自分を怒っていたのかもしれない。
「これ、俺の連絡先」
店で話し始める時にまず彼が渡してくれたその時は気にもとめなかったが改めて名刺を見た。地元では有名な水産会社のこの辺りの支部になっている。そう簡単に勤められるところじゃない。
彼は私の事を探したと言っていた。これまでどんなに頑張ったのだろう。私の頑張りよりもっと。
私が忘れようとしたのに彼はずっと私の事を想ってくれてたのだろうか。故郷の友達からは要らぬお節介として彼の恋事情は聞いていた。付き合った噂はちょっとは聞いた。けれど、なんだか真剣じゃないと聞いていた。
馬鹿なのは私だったんだろう。名刺を見ていると涙が浮かんでくる。今すぐにでも彼に会いたくなった。
惨めにも寒風に吹かれながらしゃがみ込み泣いていると、名刺を反対側にメッセージアプリのIDが有った。
きっとこれまでの私だったら無視をしていただろう。けど、今の私はもう間違いに気付いた。取り敢えずは読み込みをした。その時の彼のアイコンに目が止まった。
古ぼけたキーホルダーが有る。それはまだ私たちが付き合っていた時に彼にプレゼントしたものだ。傷も増えていて随分くたびれている。それでも今でも彼は私の事を想ってくれてたのだろう。
「さっきの返事をしたいから居場所を教えてよ」
簡単にそれだけを送ると返事は直ぐに有った。
「さっきの店の近くで飲んでる」
ちゃんと彼は店の名前まで知らせてくれた。
「今から向かうから待ってなさい」
強い言い方ばかりの返事は私の癖で、こんな時は弱っているんだ。彼はそんな事を覚えているのだろうか。きっと覚えているだろうな。
空を見上げた時に星が降る様な気がして、私に勇気と言うものが与えられた。
そして私は走り始めたのです。ただ好きな人に会いたいと想って。今の寒さなんてもう忘れてた。
おわり
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