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(完結・読切)
私の恋人の心を奪った青年の臓器に、私は人知れず毒を盛り続けた。
入院中の患者の体に担当医が注射を刺すことなど、造作もないことだ。
そして、ついに彼は死んだ。
死因は、長期の入院生活と手術に由来する不可抗力の合併症が招いた心不全ということにしておいた。
遺族も、たやすく納得した。
医療知識のない人々にとって、担当医の言うことは絶対であるからして。
今夜はもう勤務も終わりだ。
無人の医局に戻った私は、執務机の引き出しに隠しておいたスコッチのハーフボトルを引っ張り出し、キャップをひねって、琥珀色の液体をそのまま口にあおった。
家に帰るまで祝杯を我慢することなんて、できなかった。
興奮にまかせてゴクゴクとノドをうるおすうちに、ミゾオチの下あたりにすさまじい激痛が走るとともに、食道を通過しかけていた酒と胃袋の中身がいっせいにセリ上がってくる嘔吐感に全身が震えだしながら、私の意識はシャットアウトされた。
フッと目を開けると、見慣れた手術室の台の上に私はアオムケに寝ていた。
同僚の外科医が、私を励まそうとしてかことさら軽い調子で言った。
「いやあ、たいした強運だね、先生。先生の担当してた患者さんがドナー登録をしてくれていたものだから、すぐに移植手術をはじめられることになったよ。おめでとさん!」
口元に酸素マスクを当てられながら、私は、呆然と横に目を向けた。
隣に並べられたもう1つの手術台には、私が殺した青年の裸体が横たわっていた。
青ざめた肌の下にある臓器に、たっぷりと死毒がしみこんでいることを知るのは、私だけだ。
「最期をみとってくれた先生の役にたてるんだから、ドナーも喜んでるよ、きっと」
同僚の医師がしみじみつぶやいたのを合図に、麻酔科医が点滴をスタートした。
視界が真っ暗になる寸前、遺体の顔がこっちを向いてニタリと笑ったように見えたのは、錯覚だったろうか。
それを確かめるすべは、永遠にない。
オワリ
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