第二章 俺様中尉との出会い

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第二章 俺様中尉との出会い

 治安の悪いイーストサイドのプルーム地区には清掃人が来ない。野菜クズや馬糞などの汚物がそのまま放置されている。雨が降ると排水溝が溢れて道が水浸しになり、困った事に半地下で暮らす人のもとに汚水が入り込んでくる。いや、最上階に住んでいようとも壊れた屋根から雨漏りがして、てんやわんやの大騒ぎになる。  黄色い肌、黒い肌。遠い異国の商売人や船乗りも交易を求めて我が国にやって来て、戸籍のない子供が産声をあげる。そうやって、どんどん膨らむ人口を収納しようとして違法な建築物が増えていく。  労働者階級の家庭では、妻も行商人や工場の従業員として働いているが、それたけでは足りないので、子供達も働いて親を助けている。中には、若い女なのに男の身なりをして煉瓦工や大工仕事をこなす猛者もいる。そして、古代から女がやっている仕事といえばこれだ。  辻姫。アバズレ。堕ちた女。アバズレ。売春婦。古今東西、様々な言い方があるが、貧しい女は子供を育てる為に仕方なくやっている。 『あーら、そこのお兄さん、遊びましょうよ』 『抱いておくれよ。天国に連れて行ってあげるよ。あたいのオッパイはデッカイよ』  夕刻、新大陸からの長い旅路を終えた三艘の巨大な軍艦が帰還した。料理人、水夫、水兵、船大工といったメンバーが桟橋を進んでいる。初老の流しの娼婦が、ここぞとばかりに一等航海士の袖を掴んで誘うと、彼は慌てて逃げ出した。  南洋での航海は危険に満ちており、突然の嵐や水不足や海賊や敵船との闘いなど色々と苦労が絶えない。  土産となる木の人形を抱えた男が、桟橋の向こう側にある街並みを見つめながら言う。 「おいらの娘は顔を覚えてるのかなぁ。長かったよなぁ。一年も国を離れてたんだぜ」  税関事務所。煉瓦作りの倉庫。造船所。どれも煙突から流れる煤のせいでくすんでいる。  今夜も宿屋や酒場は満杯だ。エール、バーボン、ラム、ワイン、ジン。ここには何でもあるが、その大半は密造酒だ。飲んだくれ横丁と呼ばれる一帯は貧しい船乗りや水兵達が贔屓にしているのだが……。  そこに姉妹がやってきた。 「姉ちゃん、誰にする?」  哀愁と諦めを含んだかのように煤けた街の片隅で、アイビー達は瞳を凝らして獲物を求めていたのである。  三叉路の向こうは大きな煉瓦造りの穀物倉庫である。あの辺りは夜になると完全な無人になり、追い剥ぎが出るかもしれないので、迂闊に近寄らないようにしている。  それにしても不思議だ。男は日没前から路肩に蹲っている。地面には粗末な松葉杖か置かれている。 【わたくしは退役軍人です。三年前の巡視艇の海難事故で脚を負傷しました。どうか、お助けください】
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