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「何が話し合うだよ人志、あんなの即却下に決まってるだろうが!!」
「そういうわけにもいかない。あれは社運をかけたやつだって、村井さんが言ってたろ。だからこそ、あんなに必死だったんだろうし、無下にはできないよ」
「そんなの、俺らは頼んでもねえし、あいつの勝手じゃねえか!!」
「それはお前もだろ、直也」
突然の言葉に、俺は口を噤まざるを得ない。
「俺らがあーだこーだ言ったってな、秀太がいない今、そんなのただのエゴでしかねえんだよ。俺らにできるのは、秀太の遺志を精一杯尊重することだけなんだ。
だから、そういった意味で俺たちは、秀太の歌声をどうにかして残していかなければならない。俺たちが何もしなかったら、秀太の存在はどんどん過去の人になってしまう。それだけは避けたい。だったら、例えAIだったとしても、それで秀太の歌声を形として残せれば、それでいいと思うんだ」
「人志……!!」
俺と秀太と人志は、高校時代からの付き合いだった。だからこそ、人志も同じことを考えてくれていると思っていた。それなのに、ここまで意見が食い違うなんて。
俺は、秀太の歌声が大好きだった。10年経った今でも、この世の誰のものよりも、好きだと言える自信がある。あいつは本当に純粋に歌うことが大好きで、休み時間とかでも、周りの目なんか気にせず、なりふり構わず歌いだすようなやつだった。
あいつの歌声は、天からの贈り物だ。他の誰もが、どんなに手に入れようと努力しても手に入らないような、そんな代物なんだ。それなのに、簡単にデータ化なんてして欲しくなかった。あいつの唯一無二の歌声は、一生唯一無二にしていてほしいと思った。そう思っているのに。
「けれど、ここまで話し合って分かった通り、今すぐ答えを出せる問題でもないだろ? 俺は直也の気持ちも辻の気持ちもよく分かる。だから、復活ライブそのものを諦めたほうがいいんじゃないかな。俺らにこの会社を守る義理はないし、お世話になった人たちももういないんだからさ」
徹はあくまで中立的にそう意見を述べる。確かに、それが一番平和的な解決法だろう。俺は一旦息をつき、席に座り直す。
「うーん……俺は、直也と同じで、あんまり加賀の歌を機械化してほしくはないけど、人志の言うとおり、何かしたいとは思ってる。あいつの存在が忘れられちまうのは悲しいし、耐えられない。だから、AIを使うかはともかく、ライブはしてもいいんじゃねえかなあって……」
勝がそう、遠慮がちに意見する。
「ライブっつったって、俺たちの演奏をただ聞かせるわけにもいかない。AIに頼ったとしても、せめて秀太の声は入れないと……」
「おい、あの機械使ってライブなんざ俺はクソくらえだぞ。絶対認めねえ」
そこで、勝が思わぬ提案をしてきた。
「新曲だよ」
「はあ?」
「村井さんは、新曲も作って歌わせるつもりで、あのAIを紹介したんだろ? だったら作ろうぜ。そうしたら、この話し合いにも決着がつくはずだ」
勝の言葉に、俺と人志は、一斉に顔を見合わせる。
「……荒木の言う通りかもね。それに、加賀もそろそろ痺れ切らしてるんじゃない? 『うるせえ! いいからライブしろ!』ってさ」
「……」
『ライブができない人生なんて考えらんねえ。だったら俺は、ずっと歌っていたい。例え皆が俺の存在を忘れて、ステージに置き去りにされたとしても、死んじまったことにも気づかないまま、永遠に歌っていたい』
……徹の言葉で、いつか、秀太がそう言っていたことを思いだした。それは人志も同じだったのだろう。お互いに俯く。秀太の意志を尊重できていなかったのは、一体どちらだろうか。
「……分かった。作ろう、新しい曲。ライブをやるか決めるのは、その後だ」
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