3. 当日

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3. 当日

 ライブ当日、俺とレイは無事チケットを手に入れ、会場へと足を運んでいた。このライブハウスは日本でも数本の指に入るレベルの大きいハコだけれど、これを一瞬で満員にしてしまう"independent" のすごさを、改めて目の当たりした。  周りがずっと落ち着かないでざわついていた中、ついに"independent" のライブが始まった。無論、ステージには直也さん、辻さん、文屋さん、荒木さんの4人だけで、ステージの中央には、スタンドマイクが一つ置かれていた。そこは、加賀さんの場所だと言わんばかりに。  そうして、過去の曲が、次々と演奏されていった。そこには、加賀さんの歌声は無い。ただ、楽器隊がメロディーを奏でているだけだ。だが、俺たちはその曲を加賀さんがどのように歌い上げるか知っている。気づいたら皆、歌詞を口ずさんでは、それが重なって、大合唱になっていた。  泣いている人もいた。騒ぎまくっている人もいた。けれど、皆があのスタンドマイクの前に立つ、加賀さんの幻影を見ていたはずだ。加賀さんの歌は聴けなくても、俺たちは今、"independent" のライブに参加できている。その事実が、何よりも代えがたい喜びだった。  皆の感情が一気に爆発して、ようやく純粋にライブが楽しめるようになってきただろう頃、直也さんが、コーラス用に置いてあるマイクを手に取った。 「次は、新曲をやります。10年ぶりになるけれど、その分の想いを込めたつもりです。聴いてください」  新曲……? その単語を聞いて、またこの場がざわつき始める。だが、メンバーはそれを、楽器を演奏し始めることで静めた。  辻さんの、いつまでも聴いていたくなるようなアルペジオ。そこから、荒木さんの勢いのある、かつ繊細なドラムが入り、それに文屋さんの安定感抜群のサイドギターが深みを与え、直也さんの一定だけれど遊び心も混じったベースが土台を保ち続ける。新曲は、最高にかっこよくて、さすが"independent" だと言った具合だった。  けれど一方で、どこか物足りなさも感じていた。それはこの場の皆がそうだったはずだ。それは単に、そこに加賀さんの歌声が無いというだけではない。完璧だけれど、何かが足りない。まるで、パズルのピースが一つ欠けているかのような、そんなモヤモヤ感。そして、その原因が何か、この場の皆がなんとなく察していたはずだ。  演奏し終わった後、直也さんは、再びマイクを手に取り、話し始める。 「……この曲を聴いて分かったと思います。俺たちは、秀太がいないと、もう新しい曲は作れないって」  その場がシンと静まり返る中、直也さんは、俺たちに向かって、けれど自分に言い聞かせるように、それでも確かに誰かに向かって伝えるように、言葉を紡ぎ続ける。 「今回、復活ライブをするかどうか、最後の最後まで悩みました。それで、結局やろうってなって、曲を作ってみたけれど、その瞬間に分かりました。やっぱり秀太がいないと、俺たちは活動できないって。この場に期待を持って集まってくださった皆には申し訳ないけれど、俺たちはやっぱり、元通り活動を続けるっていうわけにはいかないみたいです。それを伝えたくて、このライブをやったってところも正直あります。  そういう実感も込めて、俺たちはこの曲に、『Re:lost(り ろすと)』というタイトルを仮でつけることにしました。俺たちは、加賀秀太という、絶対に失いたくなかった人物を失ってしまったんだって、そんな思いを込めて。もちろん、この曲を公表することはありません。これからも、この場に来てくださった皆の秘密になるでしょう。  けれど、それでも、やってみて分かったこともあります。俺たち自体が、"independent" 自体が復活することはできない。でも、皆さんの心の中には、今間違いなく、加賀秀太という一人の男が蘇っているはずです。皆さんの心の中で、秀太がここぞとばかりに声を張り上げ歌っていたはずです。実体の加賀秀太は死んでも、皆さんの中での加賀秀太は死んでいない。仮に息を潜めていたとしても、俺たちが何回でも、その息を吹き返させてみせる。  それだけでも、そんなことしかできなくても、こうしてライブをすることに意味があるのなら、俺たちはこれからも、もしかしたら、またライブをするかもしれません。それに、新しい曲を作れなくても、ライブをするときは、ちゃんと秀太も一緒ですよ。ちゃんと5人でライブをしないと、あいつに怒られちゃいますからね。ということで、皆さん、まだまだ俺たちに、"independent" に着いてきてくれますか」  その言葉に、NOを唱える人がこの場にいるはずがなかった。皆の歓声が響き渡り、そのまま、ライブは熱狂の渦の中終わっていた。その瞬間を、確かに加賀さんも、あのステージに立って見ていたはずだ。少なくとも、俺はそう思いたかった。
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