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夜明けのゼラニウム
「うう……っ」
頭上に気配がある気がして不快そうに唸った。
(眠りが浅い……最悪)
女はただ、時間を消費するだけの日々に疲弊していた。
特に今日は、何年も寄り付いていない地元での友人が、「仕事で近くまで来ているから会おうよ」と久しぶりに連絡を寄越してきたのだ。
若干のマウント精神が疼き、都会のこなれた女感を出して赴けば。
何と地味だった友人も垢抜けていたばかりか婚約者がおり、更には昔から好きだった絵画に関係する仕事をしているなどと言うではないか。
女は小一時間ほどで切り上げようと「実はまだ仕事が残っていて会社に戻らないと」などと嘘をついた。
何も知るよしのない友人は、それを純粋に謝り労いの言葉まで寄越し、「また連絡するから」と言う。
作った笑顔で二、三度頷き互いに手を振って背を向けた瞬間、真顔になる。
こんな敗北、劣等感は友人のせいではない。
わかっている。
だが嫉妬せずにいられなかった。
幸せそうな友人に反し自分はどうだと。
恋人には昨年の今頃、「他に好きな人が出来たから」「依存され過ぎて息苦しい」などと一方的に別れを告げられた。大した人間でもないくせにプライドが邪魔をし、縋ることも出来ずに去っていく背中を見つめるだけだった。
そんなこんなでやさぐれ、神経質になり僅かな音で睡眠を妨げられる。
寝ても覚めてもストレスでしかなかった。
それにしてもおかしいと、
《目覚めなさい……》
うつらうつらした意識でぼんやりと理解する。
誰かが起こしているようだ。
夢か現かの区別が曖昧になる。
「んん、でもアラーム、まだ鳴ってないからぁ……」
疲労感と酒の残るだるさ。
そういえば固まったように手足が動かないと気付く。
女は、何もかもがまだ起き上がるには納得出来ないのだから、声の通りにはしてやれないのだが。
《貴女だけが頼りなのよ》
そんな風に言う。一体何事だと、煩わしくも重い瞼を上げてみれば。
僅か数センチメートルほどの距離に、プラチナブロンドの長い髪が天蓋のように垂れ下がり、人形のように整った愛らしい造形の少女の顔があり、菫色の目と合う。
十代中半ほどだろうか。
瞬間、にっこりと無邪気な微笑みを見せた。
女は驚愕のあまり、身体を大きく一度ビクつかせてから目を見開き、暫しの沈黙の後。
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