夜明けのゼラニウム

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《はっ、面白い子! 椅子が無いじゃない。譲ってサイドテーブルにしてもベッドから離れて機能していないわね》 「…………」 何と裕福な家柄設定である。 女は無視して、だらりと床へ胡座をかき、テーブルに腕をべたりと置く。 さもこれが指示した物の使用用途なのだと。 すると明らかな侮蔑の視線を向けておかしなことを言い出した。 《やだ……あなた罪人? 部屋の狭さも、そうね、まさに牢と同じだわ》 睡眠時間を削られた挙句、これ以上の茶番に付き合うつもりもない。早く要件を言えとばかりに、じとり、と半目で促せば。 《とりあえず御機嫌よう。私はベレヌス王国、三大公爵家のち夜を司るデイビーズ公爵家が長女、ルアンナよ。以後お見知り置きを》 自分勝手な幽霊、ルアンナは浮遊しながらドレスを少し摘む。 そして手で差し「次はあんた」と言いたげだ。 まさか幽霊と自己紹介を交わすなど考えてもいなかった。急いで女は体を向き直し、とりあえず正座をするとぺこりと頭を下げる。 「あ、杏奈(あんな)です。どうも……」 《貧相な挨拶だこと》 何だこいつ。自分はゲームか漫画の、お嬢様かお姫様の、成りきった幽霊コスプレイヤーに引いているだけなのだ。 しかもそんな豪勢な設定の挨拶の後、馬鹿正直に。 田舎で小さな塗装屋を営む両親、三姉妹の末っ子。 そんな地元で生涯を終えることが嫌で都心に出てきたミーハーな気持ち。 そして結局は小さな会社の事務員に収まり、彼氏なしの二十四歳。 それこそ貧相な自分をどう紹介しろと言うのか。 杏奈は顔を背けぶっきらぼうに返す。 「喧嘩を売りに化けて出たんですか?」 社会人の挨拶としては確かにそれらしいものではなかったと思うが。 《化けて出たですって!? この私にそのような物言い、不敬罪よ!》 「あの……困っているんですよね、助けて欲しいんですよね?」 不敬罪だと言われても。不法侵入罪の幽霊に好きに言われる筋合いはない、と杏奈も強い態度に出た。 《うっ……ルナよ……》 「はい?」 《アンナ、貴女には特別に私の愛称を呼ぶことを許す、と言っているのよ!》 「ま……まさか機嫌を伺ってるつもりなんですか、それで?」 ルアンナはバツが悪そうに杏奈の顔をちらりと見て俯いた。それを呆れたように溜息を落とし、肩を大袈裟に上下させる。 明らかに杏奈の方が年上だ。 なので随分と人間味溢れる幽霊に折れてやることにしたのだ。 それに正直、眠いし面倒である。 「それで、ルナさんは私に何をして欲しいんですか?」 願いを叶えるのは別に出来る時、気が向いた時でいい。 もしくは振りでも。 そんな杏奈の微温的ではあるが言葉に、手を合わせたままルアンナは声を弾ませた。 《おめでとうアンナ、私の生贄として選ばれたの》 「……は?」 即刻、携帯電話に手を伸ばし、インターネットの検索口に文字を打ち込んだ。 霊媒師 費用 相場、と。
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