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《おはようアンナ、素敵な夜明け前ね》
「…………」
目覚めた時――などと優雅を装うつもりはない。
固く瞑った目を恐る恐る開けた時には、という表現が正しいだろう。
杏奈は呆然としていた。
何故なら、見覚えのない天井がそこにはあり、間髪入れずに酷く嬉しそうなルアンナの声で証明されたのだから。
《ようこそ我が家へ》
警戒しながらベッドから起き上がり、見渡し固まったままの杏奈に、
《ほらね、不自由はしていないと言ったでしょう?》
そんな風に言うものだから、掛けていた上質であろう布団を急いで蹴飛ばし、膝立ちで頭を抱えた。
「……いや、そういう意味で言ったんじゃないじゃん!」
《およしよ、はしたないわねえ》
「何処ここ、ねえ、マジでさあ!!」
これがベレヌス王国に来た、最初の会話である。
「開けて頂戴」
言われるがままに仕方なく、重みのあるたっぷりとしたドレープカーテンを引けば。
「わあ……っ」
薄明は、まるで名画のようで。大きな窓からの風景とコントラスト、虫除け用のゼラニウムが揺れ、心奪われ気抜けする。
しかしそれ以上に、明鏡のような窓ガラスに写る姿は、杏奈を更に身震いさせた。
《私の言ったこと、本当だったでしょう?》
「マジで、やばいわ……」
そこへ写る姿に呟いた。
《まじでやばいわ、とは?》
「すっごく美少女で、尊いってことです……天使じゃんこんなの」
杏奈は吸い付くような張りのある頬を擦りながら、湧き上がる感情をそう何とか吐き出した。
《そうでしょうアンナ。十歳の私も、まじでやばいわなのよ》
誇らしげな表情で「この真っ直ぐなプラチナブロンドはお母様譲りでね」、「このブルーベルの瞳はお祖母様」、「お父様は……まあ、この辺よ多分」などと窓に指さしながら説明する半透明な幽体。
聞き始めは胸踊りながら大きく頷いていたものの、この美しく幼い少女の体を、杏奈の意思で操作出来ることに少しずつ頭が冷えていく。
というよりも現実逃避をさせてくれない。
「だからって、何で私が十歳の頃のルナさんになっているんだってば!」
お兄様はね、とても優しくて。それからこのお人形は私が四歳の誕生日に……などと次から次へと記憶を刷り込むような洗脳作業をぴたりと止め、
《言ったじゃないの。逆行魔術、と》
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