夜明けのゼラニウム

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「今更何を」という表情のルアンナに、杏奈がわなわなと形のいい唇を震わせた。 「……マジで言ってんの?」 《それは、まじでやばいわってこと?》 「そうっ!」 《あらこの子ったら、まだ私を天使だ女神だと勘違いしているわ――》 「違うっ! 今度は、ありえないって意味!!」 頬に手をあて上機嫌なルアンナに、被せるよう早口で噛み付く。 あと女神とまでは言っていない。 《やあね、まじでやばいわって随分とデリケートな言葉。でも……》 杏奈の焦燥をそんな風に受け流した後、一人唸った。 《困ったわ。本来なら私の時間を遡ったわけだから、この私がそこに入る筈。まあ良いわ、こうしてまた戻ってこれたのだものね……》 「でも処刑されたとか言うルナさんは幽体としてここにいるんだから、入れ替わったわけではない。なら、私の本来の体には魂が……入っていない状態、だから……だから」 (そうだ、あの時この人、生贄になって欲しいって。だから私は……) しん、と静まった室内。 その先を口にすることに戸惑い、目を見開いたまま俯いていると。 《当然、亡くなっているわね》 頭上から降ってきたあまりにも軽々しい物言いに、カッとなり勢いよく顔を上げ声を荒らげた。 「何、他人事みたいに言ってんの!!」 過剰なほどの呼吸を繰り返し睨めば。 《叫ばないで頂戴。でも貴女、納得したのでしょう?》 「はあ? そっちが勝手に無理矢理したんじゃん! 婚約者に裏切られたからってバッカじゃないの!?」 感情任せの杏奈の台詞に、ルアンナが目を細めて「まあ……」と影を落とすと、口角だけを少し上げた。 《指輪を継承した時に言われたわ。双方の同意がなければ契約は結ばれないとね》 「いつ? いつ私が、いいよ、なんて言った? 詐欺だしそんなの犯罪じゃん!」 《やあね、犯罪だなんて。結果こうして成立しているの。貴女だって自身の人生に思うところがあったのではなくて?》 「は、はは……っ」 常識が通用しないとはこのことだ、と不思議に杏奈は乾いた笑い声を無表情のまま発した。 そして感情が状況に追いつき、 「大概にしてよ……なんであんたに、そんな言われ方されなきゃいけないの……っ!」 怒りのまま、涙をぼろぼろと流しながら「ふざけんな」と力なく繰り返した。
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