第1話 最弱? いいえ、最強です。

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第1話 最弱? いいえ、最強です。

「お前はもうこのギルドに必要ない」  そう言われ、黒髪の女は手に持っている杖をギュッと握り締めた。  なんで。そう聞こうと思ったが、声が震えて上手く話せない。 「ずっと我慢してきたけど、もう必要ない。そもそもお前は人数合わせだったしな」 「な、な……で」  ここはギルドの集会場、南アルリア支部。その部屋の端に置かれている待機スペースだ。  木製の大きなベンチに座った鎧を身に纏う男が、呆れたように溜息を吐きながら話を続ける。 「なんで、じゃないだろ。魔導士を名乗っておきながら使える魔法は最弱の火炎弾(ファイアーボール)だけ。数合わせにしても使えなさすぎる」 「そ、それは……」 「何が目的でうちのギルドに入ったのか知らないけど、戦力にならない奴はいらない」 「っ……」 「お前の代わりになる魔導士を見つけてある。だからお前は用済み。じゃあな」  しっしっ、と犬を追い払うように手で払われ、黒髪の女はとぼとぼと集会場を後にした。  背後から、さっきまで仲間だと思っていたみんなの笑い声が聞こえてくる。  やっと邪魔者がいなくなったと喜んでいる。黒髪の女はその声を振り払うように、走り出した。 ――― ―― 「はぁ……また駄目だった……」  黒髪の女は深い溜息を吐きながら、森の奥深くに来ていた。  また、というのはギルドを追い出されたことだろう。彼女は何度も高ランクのギルドに入っては、何度も追い出されている。  ギルドとは、冒険者たちの組むチームのことだ。同じ目的、元からの友人同士などでパーティを組んで、協会に登録をする。  ギルドには人数制限があり、最低でも三人。最高で五人。つまりたった一人ではギルドを設立できない。  最初はみんな良い顔をする。それは魔導士という存在がこの世界ではとても希少な職業だからだ。魔力を持って生まれるものは少なくないが、魔法を使えるほど強い力を得るものが稀なのだ。  だから最初は魔導士というだけで優遇される。しかし、彼女はそれでも追い出されてしまう。その理由は魔物を一匹倒すのに物凄く時間がかかるからだ。先ほどの男、追い出されたギルドのリーダーが言っていたように最弱呪文しか使わないから。 「……あーあ。ギルドに入らないと危険区域認定されてるダンジョンには入れないし、情報も手に入らないのに……なんで私はこうなの……」  ガッカリしているのを全身で表現するように、黒髪の女は森の中で膝を抱えて地面に指で「の」の字を書いていた。  今の彼女には募れる仲間や友人はいない。  いや、いないこともないが、自分の目的に付き合わせるわけにもいかない。だからメンバーを募集しているところに入っては追い出されて、を繰り返している。  今回は長くいることが出来たから、このまま上手くいって目的も達成できるのではないかと希望を抱いていたが結局は自分の無能さに切り捨てられてしまう羽目になった。 「…………でもなぁ、うーん……」  彼女は瞳に浮かべた涙を拭い、立ち上がった。  このまま立ち止まっていても仕方ない。地面に付けていたお尻を軽く叩いて砂を払って、街へと戻った。  黒髪の女が向かった先は、ギルドの集会場の中にあるアイテム換金所。  ここではギルドへの登録の有無は関係なく、魔物からドロップした素材や調合した薬などをお金に換金することが出来る。  黒髪の女性はアイテムの入った袋を受付に渡して、換金をお願いした。 「はい、承りました」 「よろしくお願いしますー」  受付嬢が笑顔で手渡した袋を奥へと持っていった。  鑑定待ちをしていると、後ろから見知った顔がやってきた。中心にいた人物はこちらに気付いた途端、露骨に嫌そうな顔をした。 「お前……まだこんなところに居たのか?」 「ルグト……さん。いえ、まぁ、ちょっと……」 「どうせ薬草でも拾って換金してるんじゃないのー? ギルド抜けちゃったから自力で食費を稼がないといけないもんねぇ」  ルグトと呼ばれた男、ギルドリーダーの後ろからひょこっと顔を出したのは露出の多い衣装を身に付けた剣術家の女性。  その女性にルグトはアミレと呼んだ。アミレは彼女を見下すような笑みを浮かべ、豊満な胸をルグトに押し付けるように腕に抱き付いた。 「さすがにもうどこのギルドもアンタなんか入れてくれないんじゃないの? 魔力値、赤って……もうカスじゃない」  魔力値。人間が持つ魔力を図り、その数値によって色分けをされている。一番下が赤。上が白銀だ。  つまり黒髪の女の魔力は底辺。希少な魔導士であっても、赤は馬鹿にされるだけ。訓練次第で魔力値は上がるが、彼女は一向に魔力が上昇しなかったのだ。 「もう魔導士名乗るのやめたら? 他の魔導士に失礼でしょう?」  黒髪の女はただ黙って聞いていた。  ここで反論をしても仕方ない。何を言っても無駄だ。もう幾度となくギルドを追い出され、同じような言葉を聞いてきた。だから何を言っても無駄だって言うことを知っている。  だから今は、我慢するしかない。 「お待たせしましたー!」  張り詰めた空気を壊すように、受付嬢の甲高い声が部屋に響き渡った。 「鑑定が終了しました。ルルエル・ミアット様がお持ちくださったイグドラの邪龍の爪、100万G《ギル》となります! 後日登録口座にお振込みしておきますね!」  満面の笑顔でそういう受付嬢に、周囲の人間が全員凍り付いた。  それもそうだ。魔力値・赤の底辺魔導士が持ってきたのはSS級モンスターの龍がドロップするレアアイテムだ。  そしてそれ以前に、彼女の名前が問題なのだ。 「ル、ルルエル・ミアット……って、あの勇者パーティにいた魔女の名前じゃない……あんた、偽名を使うにしてもそれはないんじゃないの!? アンタみたいなのが名乗っていい名前じゃないのよ!」  アミレが声を荒げている。  こういうとき、どうすればいいのだろう。黒髪の女、ルルエルは慌てふためいた。  嘲笑われることには慣れているが、こんな状況には慣れていない。この騒ぎをどうすれば治めることが出来るんだろう。  そう思っていると、空気を読んでいるのか読めていないのか、受付嬢が変わらないトーンで話を続けた。 「偽名ではございませんよ。このお方は正真正銘のルルエル様です。ほら、冒険者カードもこの通りギルド協会王都本部発行です!」  受付嬢はさっきアイテムを換金する際に提出した冒険者カードを両手でしっかりと持って掲げた。  そこには顔写真と共にルルエル・ミアットの名が刻まれている。  間違いなく、彼女がルルエル本人だという証拠。この世界で唯一、魔女と名乗ることを許された最強の魔導士だ。
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