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要の『願い』
❖ ❖ ❖ ❖
花火当日。
哉芽は里央の頼み込みで、花火鑑賞の同伴を病院から許可してもらっていた。
夜の病院は昼間とガラリと雰囲気が違う。
病室を静かに開けると、里央は直ぐに気づいて嬉しそうに手を振っていた。
「似合うでしょ?」
いつもはジャージだった里央が浴衣を着て車椅子に座っていた。
傍らには母親と父親が付き添っている。哉芽は両親が揃っている事は想定していなかったので、びっくりして身構えてしまった。
「ほらっ、二人がいるから芝崎びっくりしちゃっているじゃない」
里央はふて腐れている。哉芽は我に返ると両親に一礼をした。
「じゃあ行こう! 早くしないと絶対場所無いって」
里央はそんな両親はお構いなしで、哉芽を急かす。哉芽は苦笑しながら「はいはい」と、車椅子に手をかけた。
「いってらっしゃい」
そういう両親はその場で二人を見送っていた。
一緒に行くわけではなく、只々部屋の中で娘の嬉しそうな姿に涙している。
哉芽はまた一礼し、里央を連れて屋上へ上がった。
屋上は人がいたがまばらだった。出入り口から近い場所に車椅子を止めて、哉芽は傍らにあるベンチに座る。
花火が揚がるまでまだ少し時間があった。
「ねぇ、そろそろ本当のこと教えて欲しいんだけど」
里央は何の前触れもなく哉芽に話しかける。
「急になんだよ」
哉芽は唐突に聞かれ、質問内容に頭を巡らす。
「雰囲気変わった。いつからだろ……何かあった?」
「別に、そんなんじゃねーよ」
夜空を見ながらカラ返事をする哉芽の顔を、里央は挟み込むように両手で包み込む。そして、自分の方へ強制的に向けた。
「私との約束覚えているよね」
「……覚えているさ」
里央が哉芽をじーっと見つめている。
そんな時だった、夜空にぱわぁっと光の花が咲き、辺りの輪郭を浮かび上がらせる。
「ほら、花火始まったぞ」
哉芽は顎で空を指した。
ぷうっ、と里央は拗ねて頬を膨らませ振り返る。
その瞬間、里央の目線は釘付けになった。
大きな音と共に大輪の花が咲き乱れている夜空に魅了され、言葉を失っていた。
「キレイ」
その言葉が里央の口から紡がれる。
哉芽はそれだけでもう十分満足だった。
「俺、お前に今日伝えたいことがあるんだよ」
その言葉で、花火から目を逸らし、里央は哉芽を見つめる。
「やっと言う気になった?」
「最初からその気だよ」
ため息交じりでそう呟く。
「俺はこのまま生きていく」
その言葉に里央は少し寂しい表情を見せたが、すぐに満足そうに微笑んで見せた。
「俺、オマエのその笑顔をもっと見ていたいと思った。だからそう願っただけだ」
「そんな……それって」
「俺の対価だよ、生き続け天寿を全うするのが」
そこまで言うと、哉芽は小さく深呼吸する。
覚悟を決めたように夜空を見上げた。
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