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私は家の馬車を先に帰らせて、シンと一緒に帰ることにした。
シンは「家には行けないよ」と断った後、私を乗せて馬を進める。
恋人になったのだからと私はちょっぴり気持ちが大きくなっていて、後ろにいるシンに思い切り寄りかかる。
時々彼の頬に触れたり喉をなぞったりと悪戯をした。
その度に笑って「こら」と私を包み込むシンは、やっぱり私の恋人に違いなかったけど、恋人の先には行きつけないのかと思った途端に悲しくなる。
私、結婚するならシンが良い。
マクウェル家を継いでくれる人を探さなきゃいけないと思ったら、それは彼みたいな平民の文字すらろくに読めない人ではないのかもしれない。
でも、シンを知ってしまった後で、彼よりも素敵な人と結婚なんかできる気がしない。シン以外の人を受け入れるなんて、考えただけでも泣きそうだ。
「今回の任務、大丈夫だったの?」
「ああ、仕事? うん、まあ思ったよりは全然」
「初めての任務が賊の討伐だなんて、災難だったわね」
「そうでもないよ」
討伐が完了したということは、賊を全員捕獲したのか殺したのか、恐らくそういうことをしてきているはずだ。
こんな優しい人に、そんな任務が務まるなんて思えない。
「騎士って、人を殺めたりするでしょ? つらくない?」
「まあ、戦争は嫌だなと思わなくもないけど、実はそこまで思い詰めてはいないんだ」
意外だった。こんな割り切って人を殺す現場に行く人だったなんて。
「うちは父親が戦争で人を殺せなくて腕を失って帰って来たんだよ。そこから自暴自棄になってギャンブルに手を出して……。家族は一時崩壊しそうになった。そういう父親を見て来ているから、俺はそうならないって決めてる」
「シンは、割り切って人を殺すことにしたの?」
「やらなきゃやられる。心も身体も、弱いままじゃ大切な人は守れない」
私には、そんなことが想像もできなかった。
私のパパが戦争に行くことは恐らく一生ないだろう。でも、農民だったシンの家には徴兵が掛かったらしい。
そうして人生を狂わせてしまう人を近くで見ていたら、価値観は変わってしまうのだろうか。
「だからあなたは、武器を握るの?」
「狩りも同じだし、農業をやっていれば害獣と戦うこともある。生きるのに必死ってのは、常に殺し合いなんだよ」
私には、理解できなかった。常に殺し合いの世界なんて知らなくて、知らないってことはつまり、恵まれているのかもしれない。
そうやって生きて来た私とシンの間には、実は埋められない溝みたいなものがあるのだろうか。なんて、考えたくないのに浮かんでしまった。
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