1章 異世界にやって来ちゃった

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1章 異世界にやって来ちゃった

「おお、いってぇ……」  頭を振って体を起こす。もう2度と、こうやって目を覚ます事はないだろうと思っていたのだがな……。  俺はエドワード。20歳。イギリス人。名誉ある湯沸かし隊長に任命された戦車兵だ。部隊を率いる戦車に乗り込んでいたのだが、ちょっとした油断を突かれて撃破された……はずだった。 「ここはあの世かねぇ? それとも異世界? 全く見覚えのない森が広がってるし、後者の方が可能性ありそうだな」  小隊で流行っていた“異世界転生物の小説”を思い出し、この状況が完全にそれと一致している事から、俺は自分が異世界へやって来たのだと思う事にした。そっちの方がロマンがある。  さて、ここがあの世にしても、異世界にしても。ずっとこの場に留まる訳にはいかない。 「とは言ってもどこへ行けば良いのやら」 「街を探してみてはどうでしょう?」 「ああ、それが良いかもしれん……おうっ!?」  真後ろから女性の声。まさかこの場に人が居たとは思わなかったので、軽く数メートルは跳ね上がる勢いでビックリした。  声の主を確認するために振り返る。とても綺麗で落ち着いた声だった。きっと素晴らしい淑女に違いない。 ……そう思っていた時期が俺にもありました。 「……え、まさかお前が喋ったの? マジで?」 「ええ。何かおかしな所でもありました?」 「いやお前戦車やん。めっちゃ原型留めている戦車やん。鉄の塊やん。てか俺が搭乗してた戦車じゃねえかお前」  声の主は戦車である。訳が分からない? 大丈夫だ。俺も意味が分からなくて頭がおかしくなりそうだから。  正確には、声の主は“センチュリオン”である。栄ある我が祖国イギリスが生み出した超万能の戦車だ。  性能を長々と語るのは面倒なのでザックリと。高速戦闘は不向きだが、地形対応力が高い足回り。中々に破壊力のある主砲。かの有名なタイガー戦車にも劣らない装甲。そして、イギリス人の血液である紅茶を安全な車内で生成するには欠かせない電動式湯沸かし器。何もかもが素晴らしい。  まあ性能紹介はこの辺で。今はそれよりも大切な事項がある。そう、目の前でターレットリングを揺らしながら人語を話すセンチュリオンだ。 「そんなに驚かれるのは心外ですわ」 「いや驚かん奴は居ないって。戦車が令嬢のような言葉遣いで話すなんて想像出来ねえ」 「砲撃を受けて、その後何かの拍子に異世界に移動させられたショックで話せるようになっただけですわよ?」 「それを先に言え!」  まあ、これでセンチュリオンが人語を話せる理由も。ついでに俺たちが異世界へ移動した事も分かったので良しとしよう。  1人寂しくこの森を彷徨うつもりだったが、戦車と言う移動手段があるならそれを有効活用するに限る。 「なあ、センチュ。燃料は残ってるか?」 「20キロ走るぐらいの燃料ならありますわ」  よし、それなら少しは俺の労力を減らせる。この鬱蒼とした森を歩いてたら精神がぶっ壊れてしまうからな。  仮に戦車に乗れなかったとしても、独りで黙って歩くよりは遥かに良い話し相手が居る。突然の異世界移動は不幸だと思っていたが、案外俺の運は良い方へ働いていたらしい。 「それなら乗せてくれ。街が見つかったらそこで燃料補給だ」 「名案ですわね。それではターレットリングの上にでもお座りになってくださいな」 「はいよぉ」  そうと決まれば早速移動を開始だ。俺はセンチュリオンのターレットリングの上によじ登り、どっかと腰を降ろした。 「男の人って重いですわね」 「筋肉質だからな。てか戦車ならこのくらい余裕だろ」 「レディはあまり重たい物を持たないものですわ。まあ、私が戦車である以上はそんな言い訳も意味がないのですけど」 「ツッコまねぇからな」  前途多難な異世界生活は、このようにシリアスのカケラもなく始まった。
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