1章 異世界にやって来ちゃった

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 顔にぶち当たる風が少し痛い。そう文句を言いたいが、俺が乗っているのは戦車である。これ以上遅くしろと言えば、センチュはカタツムリ並みのスピードにまで下げてくるだろう。  何とも言えない気分で悶々とする。で、悶々として前方確認を疎かにしていたせいで俺は急停止したセンチュに怒りを吐き出したくなった。 「おまっ、危ねえじゃねねえか」 「失礼しましたわ。ですが、前を御覧なさい」 「あん? ……あれは女の子か?」 「流石に無害な女の子を轢き殺す事は出来ませんわ」  くそう。筋が通っていて何も言えねえ。腹立つ。  やり場のない怒りをどうにかこうにかして有耶無耶にし、俺はセンチュから飛び降りて女の子の側に駆け寄った。見るからに困っているレディを放っておく訳にはいかん。  ボロボロだ。燃える火ような紅色の髪の毛も。本来なら艶のありそうな肌も。上品そうな服も。何もかもがボロボロに見える。 「おい、大丈夫か。俺が分かるか?」 「……?」  こっちを向いた。瞳はオレンジ色。全身ボロボロで今にも死んでしまいそうだが、瞳の奥までは死に切っていない。 「こんなボロボロになって、何してるんだ? ここはレディには不釣り合いな場所だと思うが」 「……いた」 「あん? 聞こえなかった。何か言ったか?」 「お腹、空いた……」  道理で頬が痩けている。このまま事情を聞き出すのは流石に酷。となれば、俺がするべき行動は1つだ。  センチュに再度よじ登り、ハッチを開けて中へ入る。ガサゴソととある一角を漁った。 「茶葉のストックは……うん、問題ないな。水もかなり残ってる。これなら作れるぞ」  電動湯沸かし器に水をセットしてスイッチオン。ティーポットには茶葉を放り込む。  何を作ってるのか、もうお分かりであろう。そう、紅茶だ。  紅茶では腹ごしらえにはならない。だが、温かい紅茶を飲めば少しは心が落ち着くだろう。まずは精神の安定からだ。  ちなみに彼女が紅茶を飲んでいる間にお料理をするつもりである。簡単に作れるパスタでもご馳走してやろう。 「よし完成っと。ポットとカップを持ってと……」  やや苦心しながらセンチュの外に出て、更に苦心しながら地上へ降り立った。両手塞がった状態で梯子を降りるのは怖いと学んだよ。 「お嬢さん、まずはこれでも飲んで落ち着きな。君がそれを飲んでる間に料理を作ってくるから待ってろ」  紅茶の淹れたカップを半ば強引に手渡し、またセンチュの方へ戻る。  今度はセンチュから水を並々注いだ鍋を出し、そのまま後部へストンと置いた。 「センチュ。余ったエンジン熱で鍋を沸騰させてくれ」 「お安い御用ですわ」  俺の特技その1。戦車が出す余ったエンジン熱を使って料理を作る。そこまで手の込んだ物は作れないが、切羽詰まった状態でも美味しい料理を振る舞えるため、俺の特技は部隊でかなり重宝されていた。  鍋を温めている間に皿とパスタにトング、そして缶詰のミートソースとフォークを持って来た。フランス人の友達に感謝である。10分あれば完成する料理をわざわざ譲ってくれたのだ。この状況にベストマッチである。  沸騰した鍋にパスタを放り込み、麺がある程度柔らかくなったら鍋を熱源から遠ざける。そしてトングでパスタを掴んで皿に盛り付け、更にミートソースをドバァと乗せて。はい、完成だ。 「ほら、食べな。味は保証する」 「……頂きます、ホヤ」  ん、今何か変わった言葉が聞こえたような。“ホヤ”って言ったか?  いや、気のせいだな。うん、きっとそうだ。気のせいと思っておこう。あまり深く考えたら頭が爆発する。  余程お腹が空いていたのだろう。パクパクとミートソースパスタを女の子は食べている。良く見ると、紅茶の方もかなり飲んだらしい。ポットの中身が半分以上なくなっていた。 「相変わらずのお手前ですわね」 「慣れてるからな。それよりも俺がやる事を察してくれて助かった。サンキューだ」  流石は相棒。伊達に長年搭乗車だった訳ではないようだ。  さて、ミートソースパスタをせっせと口に運んでいた女の子であるが、ちょっと目を離したらもう完食していた。本当にお腹が空いてたらしい。  心なしか、顔色が少し良くなっている。窶れていた頬も多少マシになった。これなら色々と質問をしても大丈夫だろう。 「腹は膨れたか?」 「うん。ご馳走様でしたホヤ。とっても美味しかったホヤ」 「……んん?!」  おお、神よ。目の前の事象を嘘だと言って頂きたい。語尾に「ホヤ」と聞こえたのを否定してください。  え、マジなの? マジでそれが語尾なのか? 「そ、それは良かった」 「あんな美味しい料理を食べたのは久し振りホヤ」  ダメだ。これは現実だ。夢なんかじゃない。それとなしに腿を抓ってみたがバッチリ痛いし。くそったれ。  絶対に認めたくないが、認めざるを得ないようだ……。 「で、何でこの森に居るかだったホヤね」 「……ああ。教えてくれるとありがたい」  見た目だけは素晴らしい少女は、ここまでに至るまでの身の上話を始めた。
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