以心伝心

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以心伝心

 夏休みが明け、二学期を迎えた朝――駅のホームに並ぶ見慣れた人込みの中に懐かしい顔を見つけた瞬間、私は思わず声を掛けずにはいられなかった。 「おはよう新井君、久しぶり! 珍しいね。今朝はどうしたの?」 「あぁ、会田さん……久しぶり」  新井君は首を竦めるように、控え目なお辞儀を返してきた。ちゃんと目を見返してくれないところも、目にかかりそうな長い前髪も、何もかもが変わっていない事に私は嬉しさを覚えた。  新井君とは、中学三年間同じクラスだった。どちらも”あ”から始まる名前のお陰で、出席番号は常に一番前。そのせいか、他の男の子達よりも何かにつけてペアを組まされる事も多かったように思う。  卒業してからは、私の通う高校よりも一つ手前の駅にあるこの辺りでは一番の進学校に進学し、毎朝自転車で通っていると聞いていた。せっかく毎朝同じ方向に向かっているはずなのに、全く会う機会がないのは残念だったけど、少し遠いようにも思えるその距離を黙々とペダルを漕いで進む新井君の姿は、彼の忍耐強さを表わしているようで想像しただけで微笑ましかった。  そんな新井君が、今日に限って電車を待っているなんて。 「もしかして二学期から電車通に変えたの?」 「うん……ちょっと事情があってね」  男の子にしては長いまつ毛を伏せて、新井君は気まずそうに目を泳がせた。  約一か月ぶりの登校とあって、周囲の学生達は妙に浮かれた様子にも関わらず、新井君の周りにまとう空気はどことなくどんよりしている。何か悩みでも抱えているんだろうか。 「どうかしたの? もしかして、今の学校が合わないとか? 夏休みが名残惜しくて、学校行きたくなくなっちゃったとか?」 「別にそういうわけじゃないんだ。今のクラスにはなかなかひょうきんな連中もいて、毎日退屈せずに済んでるよ」 「そうなんだ。だったら良かったけど……他に何か不満でも?」 「不満……そうだね、不満とも言えるのかもしれない。実際高校に入ってみるまでは、こんな風になるなんて想像もしてなかったから……」  新井君はそのまま自分まで地面に沈み込んでしまうんじゃないかと心配になるぐらい、深く重いため息をついた。 「いったい何があったの? 良かったら話してみない? 私に力になれる事があれば協力するよ」  励ますように私が言うと、前髪の奥に隠れた新井君の目が微かに光を帯びた 「……ありがとう。実のところ、きっと君ならそう言ってくれるんじゃないかと思って期待していたんだ。ずるいよね。自分から言い出せばいいのに」 「そんな事ない。人には言えない悩みの一つや二つ、みんな抱えてるもん。困った時はお互い様よ。私達、三年間も同じ教室で過ごした友達でしょ。遠慮しないで、なんでも言って」 「ありがとう。会田さん……君は本当に、優しいね」  新井君は自嘲気味に笑った後、急に体ごと私に向き直った。正面から新井君の目に見据えられるのは初めての事で、私は身構えずにはいられなかった。 「実は……どうしても君に、会いたかったんだ」  新井君の口から出た言葉が、稲妻のように私の全身を駆け巡った。  それは私がずっと夢想し、待ち望んでいたシチュエーションだった。
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