以心伝心

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 新井君は吹奏楽部に所属していて、クラスの中でも目立たないタイプだった。  クラスの中心からは一歩も二歩も引いたところで、その時々の波に身を任せて揺蕩うクラゲみたいに、当たり障りがなくて不安定な存在。そんな立ち位置も、私と彼はよく似ていた。  一年、二年、三年と決して短くない時間を同じ教室で過ごす中で、彼の存在が特別なものに変わったのは三学期に入り、受験勉強もいよいよ佳境を迎えようとする頃だった。 「会田さん、志望校決めた?」 「ううん、まだ迷ってる。この間の進教研、第一志望はB判定だったから。第二志望のほうは一応A判定出てるから、このまま第一志望でいくか、やっぱり第二志望に下げるか迷ってるの」 「だったら第一志望のままで頑張った方がいいだろうね」  私の悩みを聞いた新井君は、そう即答した。 「きっと今第二志望に落としたらそのままズルズルと勉強しなくなっちゃうと思うよ」 「どうしてそんな事わかるの?」 「だって君は、僕に似てるだろう? 間違いなくそうなる」  事も無げに言い放つ新井君に、全身がかっと熱くなって、心臓が口から飛び出すんじゃないかというぐらい激しく鼓動した。それまで漠然と感じていた「この人、私と似てるかも」という感覚が私だけのものではなかったのだと、確信に変わった瞬間だった。  けど新井君は自分が言った意味に気付く様子も見せず、黙々とノートにペンを走らせるばかりで――そんな無自覚で鈍感なところも、もしかしたら私に似ているのかも、と私は改めて思った。  その日以来、私は新井君をまともに直視する事ができなくなってしまった。新井君に自覚がないにせよ、私達は互いが互いの事を誰よりも分かり合える稀有な存在だと、お互いに認め合ってしまったのだ。  新井君の助言のお陰で受験に成功した事も、私の彼に対する想いに拍車を掛けた。すごい、新井君の言う通りだった。彼は本当に、私の事などなんでもお見通しなのだ。私達は以心伝心の似た者同士なのだ……と。  しかしながら程なくして卒業を迎え、私達は離れ離れになった。同じ方向にある高校だから、せめて通学電車の中でぐらいは会えるだろうという私の期待も虚しく。  以来私は、私の分身である新井君に再会する日を心待ちにしてきたのだ。  きっと彼もまた、私と同じように、私に会いたいと思ってくれていると信じて――。
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