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エピローグ
水平線から太陽が出て沈んで。
なにもおこらない。
今日も昨日と同じ。
時々、ヘッドホンの奏でる音楽が耳障りで投げ捨てる。
明日も今日と同じ。
過去には戻れない。
未来に希望はない。
狭間の『現実』でできることもない。
さあ、どうしよう。
考える気力もなくて、ただ俯いている。
どうにもならない思いをぶつける気もなくて、迷って世話になる気もない。
悲しくもなくて、苦しくもない。
ただ、もがいてる。
明日を変えられない、自分を変えられない、自分が惨めでしかたない。
思うように生きられないのが嫌なんじゃない。
変われない自分が嫌だ。
私は歌うのが大好きだった。
胸を張って生きられる。
私の生きがいだった。
優しい母が居て、厳格な父が居て、笑いかける友達が居て、それが崩れるだなんて思いもしなかった。
「雛形ひまり」紅白はもちろん常連の大スターの歌手。
そんな人の娘が私、雛形ゆづ。
私が歌うのが嫌いになった理由。
母が原因。
母の死因は心労だった。
「なんでゆづが!なんでゆづが!私より注目されるのよ!あんたなんて・・・あんたなんて・・・産まなきゃよかった・・・」
「え?ママ?」
「あんたに歌の才能がなければ!歌と出会わなければ、よかったのに」
それが母が私に遺した最期の言葉だった。
母のことが大好きだったのに。
いつのことか、母が幼い私に名前の由来を言って聞かされたことがある。
「ママ〜なんでゆづはゆづなの?」
「あら?名前の由来を知りたいの?」
「ゆらいってなぁーに?」
「お名前の意味ってことよ」
「そう!そのゆらいがしりたいな」
「冬至の日にお風呂にゆずを入れるでしょう。そのゆずは沈まずに浮いてる。押さえつけても上がっていこうと反発してくる。周りからどんな圧力をかけられようと。ゆづにはこれからお歌のことで辛いことも苦しいこともあるかもしれない。でも沈まずに浮かび上がってきて欲しい。だからゆづなんだよ」
「うん!じゃあゆづは絶対にしずまないね!」
「そうよ。沈みそうになったらママのところへおいで。いつでも浮かび上がらせてあげるからね」
「うん!」
そんな人だって終いにはあんたなんて産まなきゃよかったって言うんだ。
しかたない。
あの子は居てよくて、私は居ちゃいけない。
この違いってなんだろう。
考える必要もなかったか。
母は憎かったんだろうな、私が。
努力して努力して報われた自分と、自分の娘で自分より歌が上手いからという理由で努力もしないで扱われる私と、そりゃ誰だって憎いよな。
しかたないんだ。
しかたないとわかってるはずなのにどこか心の踏ん切りがつかなくて、もしかしたらなんて期待してる自分がいる。
大人ぶってる私がいる。
現在、高校2年生の春。
「あっ、雛形さん。今日、みんなでカラオケ行こって話してるんだけど行かない?」
「行かない」
話しかけていった女子たちはすごすごと去っていって陰口を叩き始める。
「ね、雛形さんに声かけるのやめなって言ったじゃん。あの人友達ひとりしかいないし、こういう誘いを受けたこと一回もないらしいし」
「え!じゃあ歌ってんの誰もきいたことないの?」
「ないけど。どうせ下手なんじゃないの?」
「そうだよね、あんな地味雛形が美声の持ち主なんてありえないし」
陰口なんて好きに叩けばいいじゃん。
どうせ本人はきこえてるんだから。
放課後のチャイムが鳴って走りだす。
いつもの土手へ。
人気のない土手。ここが私の舞台だ。
ここで密かに歌っている。
春の空気が肺をいっぱいにする。
夕焼け空に歌声が響く。
名も知らない誰かに届きますように。
「雛形・・・?」
後ろを振り返ると同じクラスの藤井隼人がいた。
「藤井さん・・・」
「やっぱり雛形さんだよね?なんでこんなところで歌って・・・」
「気のせいじゃない?」
「しかもすごい上手かったし、それにその歌って天才歌姫の雛形ゆづが歌ってる曲だよね?」
「・・・」
「それに同姓同名だし」
「そうだけどなに?」
「え?ほんとに雛形ゆづなの?」
「そうだよ。忽然と芸能界から姿を消した雛形ゆづ」
「ってことはお母さんは・・・」
「雛形ひまりだよ」
「まじか・・・なんで歌わないの?」
「藤井には関係ないよね」
「あるよ、ファンとして」
「は?ファン?」
「そう。雛形ゆづのファン」
「ファンでもなぜ私が歌わないのか、これは知らない方がいい」
「なんで?」
「ファンの夢を壊すから」
呆然としている藤井を残して自転車にまたがった。
そう、藤井には関係ない。
母と私は仲の良い親子として売り出していたから生前にあんたなんて産まなきゃよかったと言われていたことが発覚したら大問題だ。
「ゆづ」か。
沈んだら浮かび上がらせるって言ってたけど沈めたのはあなただよ。
浮かび上がらせる人なんていないんだから。
「雛形さん!」
「藤井?あんたバカなんじゃない?自転車相手に追いつこうだなんて無謀でしょ」
「ゆづ」
「へ?」
「前にテレビで言ってた。ゆづの名前の由来を。沈んでも浮かび上がるからだよね。そして浮かび上がらせる人に母としてなりたいって。今、雛形さんは沈んでるんじゃない?」
「・・・」
「浮かび上がらせる人がいなくて困ってるの?」
「・・・」
「ねえ?」
「関係ないでしょ」
「本当に?」
「今の関係をぶち壊さないで」
自転車のペダルをグッと踏み込んだ。
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