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気づき
私に歌う資格なんてないんだ。
大好きな人にこの歌声は憎まれた。
大好きな人の心を追い詰めた。
次の日
「あっ、雛形さん」
私と顔を合わせた人はスゴスゴ逃げていく。
自分から距離をとっているんだ。
「おはよう、雛形さん」
「・・・おはよう」
また陰口を叩き始める。
「ほんと雛形さんってさ愛想ないよね。もうちょっと協調性ってものないのかな」
「ないでしょ。一匹狼って感じだし」
「わかる」
呆れる。
人の悪口を言っていないと生きられないの?
「雛形さん」
「藤井?」
「あのさ、歌ってよ」
「は?」
「また歌ってるのが見たいんだ」
「ひなっちどーしたの!」
「わぁぁ」
「藤井、驚きすぎ」
この悪戯魔は隣のクラスの八木みのり。唯一の友達だ。
「藤井がまた昔のように歌って欲しいって」
「ひなっちはどう思うの?」
「・・・私に歌う資格なんてない」
「絶望にのまれて希望の光がないのなら、私が希望を届ける。そんな歌手になりたい」
「そのセリフは・・・」
「ひなっちがデビューの時のインタビューだよ。私はこの言葉が大好きだった。ひなっちがキラキラして見えて、毎日が楽しかった。私はひなっちに歌う続けて欲しい」
「みのり・・・」
「ゆづは希望を届け続けて、あなたにはその資格がある」
みのりが心の奥から悲しそうだった。
「私は歌いたいのかもしれない。でも歌いたくないのかもしれない。今の私に歌う気はない」
「あんたねぇ!ごちゃごちゃ言ってんじゃない!」
急にみのりが怒鳴り始めた。
「歌いたくても才能がない人たちがいる!あんたには才能があるんだ!どうか私の分も歌ってよ」
「え?私の分って?」
みのりはポツリポツリと話し始めた。
「アイドルのPoppinsyeikinnってあるでしょ?」
「たしかメンバーが30人くらいいるグループで今は2期生だっけ?」
「そう、そのPoppinsyeikinnのメンバー白石桃って私なんだよ」
「え!?白石桃ってあの?超美形の?」
「そうだよ」
みのりはメガネをとって、結んである髪をはらりとといてみせた。
「いつも心の中に、白石桃」
キャッチフレーズを言ってニコッと微笑んだ。
「ね?白石桃でしょ?」
「ほんとだ・・・辞めるって噂流れてなかったっけ?」
バカ藤井め。気にしてるかもしんないのに何言ってんの?正気か?
「うん。もう辞めよっかなって思ってるんだ」
「なんで?なんでみのりが、辞めるの?アイドルとして頑張ってたのに」
「頑張ってもいろんな人に伝わらなければ意味がない。私は歌がダメだってデビューの時から裏で囁かれ続けて、頑張ったってまだ下手って言われてさ。そんな私から見たらゆづは沢山持ってるのに、悩んでるなんて信じらんない。憎いよ」
『憎い』
いつからこの言葉が心を締め付けることになったんだろう。
私は前と一緒だな。
変わろうと思っても変われない、臆病者のチキン野郎。
憎まれて、憎まれて、ドロドロの私ができる。
私は元々こうだったのかも。
憎まれて作られた人間。
呪いがあったら私はいろんな人に呪われてたかも。
「みのりはこんな私のことがバカらしい?」
「ええ、とってもバカらしい」
「そっか」
「でも、呪おうなんて思ってない」
「え?なんで?私が憎いんでしょ?」
「憎いよ。でも歌が下手なのも私で上手なのはゆづってだけ。しかたないんだ。だから代わりにゆづに頑張ってほしい」
「・・・」
「私は上手くなれない自分が憎いのかも」
みのりは微笑んだ。
みのりじゃない、白石桃として微笑んだ。
「これ、参加しない?」
目の前に突きつけられたプリントには堂々と『歌の王者は誰だ?』と書かれている。
「これってテレビ番組だよね?」
「藤井も知ってるの?」
「いや、有名だから誰でも知ってるでしょ。ここから歌手になった人もいるし」
「出てみない?」
藤井とみのりが希望の眼差しを向ける。
「出ない」
「なんでよ!?」
「私に歌う資格なんてないんだ」
痺れを切らしたようにみのりが立ち上がる。
「贅沢すぎない?そんなに母親のことがショックなの?マザコンなわけ?」
頭に言葉がすっとんでくる。
言葉が出ない。
「何も知らないくせに」
嫌になってしまって駆け出した。
いつもそうだ。
藤井に見抜かれた日も、今もそうだ。
私は逃げている。
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