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「アキちゃん、出してよ」
「え?」
「いるんでしょ、アキちゃん」
「だから、あなたは誰……」
「アキちゃーん、ヨーコだよー」
装いに不似合いな低い声を喉の奥より捻り出し、ドレス姿の青年は「アキちゃん、アキちゃん」と連呼する。
無遠慮に侵入する彼の右足に目を向けると、これまたドレスに似つかわしくない吐き潰されたスニーカーが、フリルの裾から顔を覗かせた。
「いませんよ、アキちゃんは」
━━なんだ、完璧じゃないじゃない。
分かってる。他人の綻びに安堵してしまうのは、私の性格がねじ曲がっているがゆえ。
汚れた彼のスニーカーをスリッパの爪先で小突くと、誰でもいいから聞いてほしくて堪らなかった現状を私は一気にまくし立てた。
「三日前から帰っていません。電話もメールも返ってきません。SNSの類いは元から一切手出ししていないようだし、私にも分からないのです。アキちゃんが今、どこでどうして誰と過ごしているのか」
「はぁ?」という呆れたような掠れ声の方を見上げると。頭一つ高いヨーコは、赤い唇を歪めたまま私を見下ろしている。けれど、怯むものか。
「部屋にはいませんよ、アキちゃんは」
私の念押しを噛み締めるように、一瞬まぶたを閉じるも。縁取られた濃いまつ毛を跳ね上げたヨーコは、容赦のない尋問で反撃を始めた。
「この部屋を借りてるのは、誰?」
「アキちゃんです」
「何で世帯主が消えて、アンタが居座ってるの」
「半年前から同棲してるんです。『一緒に住もうよ』って、アキちゃんに誘われて」
「ていうか、誰?」
「水沢カナです」
「名前じゃなくて。あぁ、名前は大事だわね。カナは、どういう関係なの? アキちゃんと」
「そういう、あなた……ヨーコさんこそ」
互いに牽制し合った五秒後。示し合わせたように、私たちは同じタイミングで口を開いた。
「私は、アキちゃんの恋人」
「アタシは、アキちゃんの恋人」
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