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桜子さんと緑子さんの家はそこそこ遠くにあった。学区の隅っこにあるうちのアパートから小学校、そこから反対側の学区の隅っこ、くらい。その間を、僕らは学校や家族や最近読んだ本なんかの話をしながら歩き続けた。ついでに僕のお腹が何度も自己主張をしたので途中コンビニに立ち寄り、桜子さんは肉まんを、緑子さんはピザまんを買って僕に半分ずつくれた。
「さ、ここがうちだよ」
二人の家は、白い壁にオレンジの屋根の、大きい一軒家だった。うちのアパートと同じくらいあるんじゃない、と言ったら桜子さんは「流石にそこまででっかくはないよ」と笑った。
「あっても三分の二くらいだろうね」
「さんぶんのに?」
「三つに分けたうちの、二つぶんくらいってこと」
大きくて重そうな黒いドアを開けると、もうそれだけでふんわり暖かい。つるんとした石でできた玄関に足を踏み入れると、そこには色とりどりの靴が並んでいた。ただいまと入っていく二人にならって、そこに足を踏み入れ、自分のスニーカーを脱いで並べる。いつも一人入ったらいっぱいの玄関で、お母さんの赤いヒールを踏まないように縮こまっているボロいそれが、きれいな靴に挟まれて一生懸命すましているように見えた。
「靴、好きなの?」
緑子さん(たぶん)に声をかけられて慌てて首を振った。桜子さん(おそらく)はもう廊下をまっすぐ歩いてそこの扉を開けている。廊下。これまたつるつるした廊下だ。すべらないように気をつけながら、二人の後を追いかけた。なんかいい匂いがする。さっき食べた肉まんやピザまんとは違う、いい匂い。
「ただいま」
「おかえりなさい」
扉を抜けると、リビングだった。と言っても、それだけでうちくらいの広さがある。比べるのも馬鹿らしいけれど、そういう家に住んでいるのだ、この人たちは。エアコンが動いているのかあったかいそこで、桜子さんと緑子さんはダッフルコートを脱いでいる。脱いだら二人とも制服だった。寸分違わず全く同じ黒いセーラー服。最初に思った通りにどっちがどっちかわからなくなってしまったが、それはそれとして、家に招かれたら言うことがあるはずだ。えーと、えーと、たしか、そう。
「お、おじゃまします」
「えっ」
「えっ?」
見ると、二人の向こうに女の子が三人立っていた。小さいのが二人と、僕と同じくらいのが一人。なるほど、これがさっき言っていた妹たちだろう。小さいの二人は、確かに双子らしく同じくらいの大きさだけれど、桜子さん緑子さんよりはずっと見分けがついた。顔立ちから服から色々違うからだ。ていうか人間って普通こうだと思う。
もう一人、僕と同い年くらいの女の子は、なぜかこちらを見て驚いた顔をしていた。桜子さん(きっと)が彼女に訊く。
「ルコ、どうかした?」
「どうかしたじゃないよ、なんで堀田くんがここにいるの」
「あれ知り合い? 堀田くんルコのこと知ってる?」
首をかしげた。知ってただろうか。いや、知らないと思う。見たことある気はするけど、それは桜子さんたちと同じ、茶色い目のせいかもしれないし。
そんな僕を見た彼女はため息をついた。少し、残念そうに。
「……隣のクラスの、小津薫子。覚えてないかな」
「うん、たぶん」
「保育園の時、ちょっとだけ一緒だったんだよ。小学校入ってからは話したことないけど」
……覚えていない。
「なんかごめん」
「いいよ、こっちこそごめん」
で、なんでいるの。
もう一回そう聞かれても、僕には答えらえない。そういえばなんで連れてこられたんだろうか。そもそも「ヒマなら手伝って」と言われただけで、用件も何も知らないことに今気がついた。それをそのまま言うと、薫子……ちゃん、は眉を寄せて自分の姉を見上げた。妹たちはその足元でこしょこしょナイショ話をしている。かわいい。
桜子さんは肩をすくめた。
「そうだった、まだ言ってなかった」
「ラコちゃん、堀田くんに説明してあげたら。私ケーキ焼いてるから」
「けーき!?」
「そうケーキ。レコちゃんロコちゃん、お手伝いできる?」
「できる!!」
「ロコちゃん、てぇあらってこよ」
ケーキ、焼くんだ。焼けるんだ、あれ。
気を取られていた僕の手を、桜子さんが引っ張った。そのまま隣の部屋に連れて行かれる。
そこは本と本棚と、大人の服がたくさん置いてある、薄暗くてひんやりした部屋だった。本棚に囲まれた部屋の真ん中で、桜子さんはしゃがんで僕と視線を合わせ、僕の肩にそっと手を置く。なんだかこういうのには覚えがあった。ずっと昔、そうだ、お母さんに同じことをされた。続く言葉は、お母さんとお父さん離婚するの、と、だから今度引っ越すのよ、だった。
そんなことを思い出している僕の目をまっすぐ見て、桜子さんは、でもなんだか楽しそうに言った。
「君に、サンタさんになって欲しいんだ!」
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