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「ねえ、やっぱり無理があると思うんだけど」
「何回目だい、それ」
ひんやりした部屋もとい彼女たちの父親の物置にて、僕はサンタ服を身につけていた。いつもは、この部屋の主が着ているもの、らしい。
『毎年うちでは父がサンタさんになって晩御飯のパーティに登場するんだけど、今年は仕事で帰ってこられないらしいんだ。でもうちの末っ子たちはまだサンタさんを信じているからね、サンタさんの手から直接プレゼントをもらうっていう一大イベントは体験させてあげたいんだ』
だから僕にその役が、ということなんだそうだけど、彼女たちの父親が着ているというサンタ服は、さすがに僕には大きすぎる。ズボンはそのまま履いてきた黒いやつでいくとしても、上はどうしても着ないといけない。あとあの三角帽子と白ひげ。
ワンピースみたいになってしまった赤白の衣装を僕に着せたまま、桜子さんはせっせと安全ピンでその丈を調整していた。うっかり刺したらごめんねとか言われてしまったので、桜子さんがそれを取り出すたびに緊張してしまう。
「大丈夫、レコはともかくロコは、赤い服と帽子と白ひげ見たらサンタだと思うよ」
「……目が悪いの?」
「素直なんだ。レコは察しがいい子だけど、ロコを落胆させるようなことは言わないから」
「らくたん?」
「がっかりってこと」
らくたん、というかわいい響きがそんな意味を持っていることがなんだかおかしくて、何度か舌の上で転がす。らくたん。落胆。繰り返していたら、桜子さんがあっと声を上げた。
「堀田くん、大事なことを聞いていなかった」
「な、なに?」
「サンタさん、信じてる勢だったりする? ルコはもうこっち側だから、つい頼んじゃったけど……」
「ああ、それなら。保育園の時に」
それは早くない!? と桜子さんは驚いた声を出した。確かに、当時周りは信じている子がほとんどだったと思う。今だって、うちのクラスではサンタはいるのかいないのかで喧嘩になって、先生に怒られたくらいだし。
「うちは親が離婚したから、今年からサンタさんこないからねって」
「あー……それはそれは」
「その時は、離婚の意味もよく分かってなかったけど」
そういえば保育園はこの辺りのはずだから、あの頃はこの辺に住んでいたのかもしれない。薫子ちゃんともその時会っていたのかも、なんて、これはそう言われたから勝手に思っているのかもしれないけど。
綺麗でカラフルで広い家から、古くて狭いアパートへ。最初のうちは天井のシミが怖くて、お化けがいたとか言って泣いたっけ。
「お母さんと二人だけになって最初のクリスマスの時、本当にサンタさんこなかったから、らくたん、した。すっごく。もう四年か五年くらい前のことだけど」
「……堀田くん。いや、陸くん」
「はい?」
見ると、桜子さんは眉を八の字にしていた。それから安全ピンを床に置いて、その手で僕の頭をゆっくり撫でてくる。まるで転んでけがをした小さい子にやるみたいに。けれど今痛いのは、僕ではなく彼女だ。それが分かっていたので、特に何も言わずされるがままになることにした。僕はもう痛くもなんともない。
桜子さんはしばらくそうして、それから、ごめんねと謝った。
「いいよ」
「ごめんねついでに教えておくとね、ルコは二年くらい前に私がサンタさんをやったらバレちゃったんだ。サンタさんが女の人なわけないってね」
笑ってしまった。お父さんがやってた時はバレなかったのに、女の人だとダメなんだ。
僕が笑ったのを、桜子さんはほっとした顔で見て、だから今日は男の子を探したんだよと言った。
「桜子さんたちは、いつサンタさんいないって気がついたの?」
「それはナイショ」
「ええー、ズル」
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