コネクト

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-2-  走る稲妻。何本も何本も光る線が世界を割る。滝のように降る雨で服を洗い、体の砂を流す。  雨の重さで自然と俯いた。 『体が冷えてしまわない?』 「火を起こしてるし、拭くから平気だよ」 『そうか』 「汚い俺と会うのは嫌じゃない?」と笑って言えば『その心配はないよ』と返された。  雨に打たれていると、そのまま地面に沈み込んでしまうんじゃないかと思う。風が吹けば舞い上がる砂が水を含み、ぬちゃぬちゃと足に纏わりつく。そのまま足を取られて転んでしまえば、重い雨に押されてきっと土と同化する。  じゃぶじゃぶといくつもの欠けた器で服を洗う。ナイフで切った髪も雨で流せるから、細かい毛が肌に残り付いて痒くなることもない。  片手で髪を摘まみ、大きく肘を上げて隙間を作るようにしてからナイフを動かす。全体をわしわしと触り、少し長いところがあればまた同じことをする。右と左で違おうがじろじろと見る人は誰もいない。  体を拭いて火の回りに廻らせておいたロープに服を干す。裸のまま部屋に戻った。 『髪を切るのが上手いね』 「そう?」  誰も見る人がいなかった髪を、今では彼だけが見ている。  砂嵐は下手すれば部屋に入ってきて持ち物を全て埃っぽくしてしまうけれど、雨はそんなことはない。代わりに何日も降り続き探索に行けなくなったり、その音で彼の声が聞き取りづらくなる。だから彼は喋るのに加えて、身振り手振りを多くしてくれる。  彼と繋がって地図を出されてからも、彼に案内されたことは無い。頭の中にはおぼろげな映像が残るばかりで、具体性は何もなかった。  彼は、会いたいと言わない。  自分が住んでいるところの話もせず昔話をして、俺のことばかりを聞く。「昔は」というのだから今は安全なのかもしれない。毎日俺と話せているくらいには安全で暇なのかもしれない。自分には面白味が無いと、俺より年上の彼は思っているのかもしれない。  それでも俺は彼のことを聞きたいのに、聞くとすぐに「君は」と話が変わる。  黒い髪に黒い眼の彼のことで俺が知っているものは、何もない。何百匹も飽きずに羊を数える声が優しいことも、俺の体を見るその眼の熱も知っているけれど、全部スクリーン越しのもの。  彼に触りたい。――触ってほしい。  でも自分のことを言わない彼に拒絶されるのも怖い。ここを離れ"海"が再び繋がらずに別れることになってしまうのが怖い。  ずっと一人で歩き続けてきたのに、無くしたくないものが出来てしまった。落ちている本だって、誰かが使っていたベッドだって自分のものではないと捨て置けたのに、失いたくないものが出来てしまった。  カップにたっぷりと水を注ぐように、彼といると満たされる。でもこの世界に欠けていないものなんかないから、ひび割れていないものなんてないから、俺の一時満たされる心も同じ。
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