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リスタート
地面に叩きつけられた、つい先刻まで私だった肉塊をぼんやりと眺めていた。
グロテスクな残骸を見て悲鳴を上げる人々が瞳に映っても、路上に嘔吐する人が瞳に映っても、私は何も感じない。
私にとって、この世界に味方など存在しなかった。
親兄弟も含めて、この世界に存在する全ての人間は私を苛む敵だった。
平和だと言われるこの世界は、私にとっては焼夷弾が降り注ぐ戦時下と同じだった。
生き延びる為に必死に走って、逃げて。
転んで泥だらけになり、醜いと、無様と罵倒されながらも生き延びる為に走って、逃げて。
やっと防空壕を見つけたけれど、その場所すら安全な場所とは思えなかった。
いつ潰れるか、いつ崩れるか。
あるいは兵や男たちが乱入してきて、腹いせの八つ当たりに暴行されるか、強姦されるか。
それともまた焼夷弾の雨の中に追い出されるか。
あらゆる不安要素を想定しては、震えていた。
でも、これは私だけだったようだ。
当たり前のようにアニメやゲームの話をして。
当たり前のように誕生日を祝ってもらって。
当たり前のようにクリスマスプレゼントやお年玉をもらって。
当たり前のように両親や家族と旅行に行って、バーベキューを楽しんで。
当たり前のように好きな部活に入って、打ち込んで。
当たり前のように志望する大学に進学して。
そんなクラスメイトたちは、戦争を知らないようだった。
彼らは戦後を生きていた。
「頑張れば報われる」
「苦労をすればする程、かならずきっと良いことがある」
そんな風に洗脳されていた私は、生ぬるい生活を送る彼らを見下していたけれど。
成功したのは彼らだった。
当たり前のように就職し、当たり前のように恋愛を楽しみ、当たり前のように結婚し、当たり前のように家庭を築き……。
当然だ。
焼夷弾の中でただ生きる為だけに駆け摺り回る私。
戦争なんて過去となった世界で、着実に失敗と成功を繰り返し、分析して、分析結果から最善の道を導き出して進んでゆく彼ら。
生まれた時代が違う。
住んでる世界が違う。
敵う筈が無いのだ。
私はもう疲れてしまった。
防空壕は見つけたけれど、戦争が終わる気配はない。
もちろん、本当に戦時下に生まれたわけじゃない。
親ガチャに外れただけ。
暴力や性虐待が当たり前の家庭に生まれただけ。
だから挽回しようと思った。
親ガチャに当たって幸せそうな彼らに追いつこうと、追い抜こうと、走って、走って、走って……。
走り疲れてしまったのだ。
だから今日、飛び降りた。
私の面影を残さない肉壊を眺めながら、走馬灯のように私の人生を振り返る。
これはこれで、良かったのではないか。
私は私なりに精一杯走った。
他人から見れば、無様な人生だろう。
それでも、私は常に全力で走ってきた。
走って、走って、辿りついたのがこの結末なのであれば、これはもう仕方のないことだろう。
肉壊となった私の人生は、そういう人生だったのだ。
誰が何と言おうと、侮辱しようと、哀れもうと、私は私の人生を全身全霊で駆け抜けたのだ。
自殺者は極楽に辿りつけない?
来世でカルマに苦しめられる?
……そんなモン知るか。
私はこの先も、ただひたすら全力で駆け抜けるだけ。
私はかつて自分だったモノを背に、再び走り出した。
この先は地獄かもしれない。
今までの生より更に苦しみ呻く、悲惨な生が待っているのかもしれない。
それでも私は走るだけ。
私に出来ることは、自分自身を偽らず、ただ全力で今を駆け抜けること。
ただそれだけだ。
こうして私は新たな世界へのスタートを切る。
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