嗜好品

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 ミュージシャンとして長年、活躍された星さん、亡くなられてしまった。 以前、雑誌のインタビューを行いお世話になりました。 音楽に対する言葉はね、ほぼ全てを掲載できたのだけど、煙草への熱い思いとかはね、紙面の都合上泣く泣くカット。 特集ページの見開きに、美味しそうに煙草を燻らせてる星さんの写真を載せたから、それで許してもらったわけで。 煙草価格は上昇し続け、喫煙率は低下の一途、身体への健康被害がどれだけ報道される時代においても、 「止めようなんて、一瞬も考えたことない」 って断言された、愛煙家ミュージシャンの言葉を残しておこう。                  喫茶店内の仕切られた喫煙区域、総面積の四分の一ほどのスペースか、少数派の席で喫煙派としての熱い思いを話してくれた。 「どんどん狭くなっていく気がするよね、悲しいよねー」 店内を見渡しながら、「以前はあっちも喫煙スペースだったのに」なんて呟きながら、肩をすぼめてみせる。 「川口さんは吸わないの?」 「私は全くすいません」 「そっかぁ、ごめんね。俺、煙草ないと言葉でてこないから」 その時は「セブンスター」を吸われていたと思う。ライターにはこだわりはなかったようで、使い捨てのモノだった。 くわえるとすぐに、スーっと軽く吸い込み、フッ・・と煙を伴って吐き出した。 「やっぱり最初が一番うまい」 「ビールと一緒」 星さんはちょっとだけ口元をほころばせた。そして恥ずかしそうに言う。 「俺、アルコールは全くダメなの。一切ダメ。ビールの美味しさ、はぁ? って感じ」 「え・・本当ですか?」 「うん、ミュージシャンにも飲めない奴いるから。俺、打ち上げ、いつも烏龍茶で乾杯してるから」 「うわぁ、それは知らなかった」 「いや、実は結構いるからね。ミュージシャンでも飲めない奴」 指折り数えながら、何人かの名前を挙げてくれる。 「今はまぁね、飲めなくても許される雰囲気だけど、デビューしたての頃なんか、あれよ、フェスの打ち上げとか本当嫌だった。絡んでくる先輩方がいっぱい居たから」 笑いながら、三度ぐらい吸い込んだあと、1本目の煙草を灰皿につけてもみ消した。 「飲めない俺に言わせたらね、酒なんかどれだけ規制してもいいから、酒税あげてくれていいから、煙草にだけは手を出さないで、お願い!って感じなの」 ブラックのホットコーヒーを一口すすった。 確かに、傍から見ていて煙草と珈琲とアーティストの組み合わせは絵になる。 「俺、昔がいいなんて本当、これっぽっちも思ってないけどさ。煙草を吸っても許される環境、これだけは戻ってほしい。喫煙者ってだけで、白い目で見てくる奴いるからなぁ。それって、ひどくない?」 「うーん、それは酷いですよね。でも世界的にも煙草はねぇ・・・」 「でもさ、逆に大麻とかは国際的に緩くなってるじゃない。ここではそんな気配、全くないけど」 「ああ、合法にしている国とか州もありますよね」 「でしょう? まぁ薬なんて、どうでもいいから、本当に煙草だけ返して欲しい。昭和なんて、男も女も本当にプカプカ、みーんなプカプカしてたからね。禁煙って概念なんてなかったから」 「今や、健康のためには、一番最初に行うことですよね。というか、最初から手を出さないか、若い人は。負の情報をすりこみされすぎてて」 星さんは人差し指と中指で煙草を挟んで、袋から取り出すと愛おしそうに見つめた。そして、「はぁ」と小さなため息をつく。 「俺を含めてだけどさぁ、ストレス抱えてる人、イライラしてる人、いっぱいいると思うんだよね」 「まぁ、景気わるいし・・イライラ、モヤモヤしている人は多いかなぁ」 「でしょう。だからこそ煙草が必要なのにさ」 星さんは2本目の煙草に、火をつける。 「イライラをさ、一瞬でも取り除いてくれるのが煙草なの。俺のイメージだと、こう・・脳の配管にイライラでゴミが詰まった感じ、わかる? それを煙草を吸い込んだ時に、一気に洗い流してくれるわけ。で、吐き出したら、頭スッキリ、イライラ消滅~って感じ。本当に、煙草なかったら、俺、ストレスで身動き取れないから。どんな医者よりも、薬よりもきくわけで」 「いやぁ、そんなに効いたら、絶対に害があるから反対されるでしょうよ」 「えー、でもさぁ、酒と違って、意識はハッキリするから。ここ大事。酔って意識なくして犯罪する奴はいるけど、スッキリ、ハッキリさせてくれる煙草が原因で犯罪はありえないから。病は気からって言うんだからさ。酒じゃなくて、煙草こそが百薬の長だって・・・・ん? 俺、酒の悪口、言ってる?」 星さんは、ちょっと口をつぐんで考えるそぶりを見せた。 三回ほど口をつけて煙草をもみ消す。 周囲を見渡して、楽しそうに談笑しているテーブル席のカップルを見つめた。 おしゃれなグラスで幸せあふれる二人はビールを飲んでいる。 その隣では、初老の男性がコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。 こういう姿、以前はよく見たのに、今はもう珍しい。 新聞を用意している店も随分、減った。 珈琲を飲み干して、星さんは3本目の煙草に火をつけた。 店内でくつろぐ人達に目をやりながら、つぶやく。 「俺にとっては煙草だけどさ、人によって『救い』がね、いろいろ異なるじゃない。必要なものがね。生きていくのは、やっぱりしんどい時もあるわけで、神様がせっかく用意してくれた魔法の道具をさ、なるべく取り上げないでほしいよね」 「ですね。・・・・みんながくつろぐための喫茶店としては、悩みどころでしょうけどね」 「ん・・・いつまで、ここは許してくれるかなぁ」 星さんはスッと、私に煙草を差し出した。 一本だけ失礼する。 口にくわえて、差し出されたライターで火をつけた。 煙草を吸うのは10年ぶりぐらいかもしれない。 吸い込んだ瞬間、きつかった。むせかえった。 ごほごほとせき込み、思わず涙目になる。 そんな姿をみて、星さんが笑った。              END
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