誰にも聞こえないように喉をつんざいて哭いてんだよ

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 中学三年の四月だった。  私のクラスの女子が何人か、化粧をして学校に来ていた。  その行為の意味が、私には分からなかった。顔に絵の具を塗りたくって何が楽しいのかが、理解できなかったからだ。  私には、知らないことについて相談できる友達はいなかった。  だから化粧について疑問に思っても、自分には関係ないとそっぽを向くだけだった。  化粧したクラスメイトが、顔を虫に刺された、と騒いでいた。  別の一人は、顔を本棚にぶつけて目元が腫れてしまい、お互いにこんな顔は人に見せられないね、と二人で嘆いていた。  見せてるじゃないか、と思った。  彼女たちの顔の形が少々変わったくらいで、恥ずかしいとか、人に見せられないというのは、まったくもって意味不明だった。  けれど、あれが「普通」なのだろうなということは、なんとなく分かっていた。   ■  ある日の放課後。  私が、通学路にある空き地の真ん中でよもぎを摘んでいると、歩道から声をかけられた。 「……真田(さなだ)さん。なにしてるの?」  振り返ってみると、そこにいたのは同じクラスの三輪(みわ)くんだった。 「食べられそうなよもぎを採ってるのよ。道路に近いほうは、犬がおしっこしてることが多いから」  そう言って再びよもぎ摘みに戻った私の方へ、三輪くんが歩いてきた。 「三輪くんもよもぎが欲しいの? 独り占めする気はないけれど」 「僕はそうでもない。真田さんは、どうしてよもぎを採っているの?」  三輪君は艶のある髪を真ん中で分けていて、優し気な顔立ちの、清潔感のある男子だった。女子からも人気があるのだけど、こんな質問をしてくるとは変わっているな、と思った。 「食べるために決まっているでしょう。ほかに何に使うのよ」 「……真田さんの親が、そうしろって言ってるの?」 「母親は死んでてもういない。父親は……」  そこで、私は言いよどんでしまった。嘘をつくのは嫌だったし、本当のことを言うのはもっと嫌だった。  沈黙した私と、穏やかに私を見つめてくる三輪くんが、春の夕日に照らされたまま、雑草に覆われた空き地で立ち尽くしている。  おかしな光景だった。
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