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先に口を開いたのは、三輪くんだった。
「僕もやる」
そう言うと、彼はしゃがみこんで、よもぎを採り始めた。
ほっとした私は、なるべく先のほうの柔らかい新芽を摘むことを、よもぎ摘みの先輩として三輪くんに伝授した。
両手にもっさりとよもぎを持った彼は、なんと、それを私に差し出した。
「えっ。私にくれるの?」
「早く帰りなよ、もう日暮れだし」
私は受け取ったよもぎを、持参したコンビニ袋にそそくさと詰め、腰を九十度曲げてお礼を言った。
「ありがとう。採りたての食べ物をくれる人なんて、三輪くんいい人なのね」
「いや、そんな大げさなことじゃないけど……。さ、出よう」
歩道に出た私はもう一度三輪くんに、
「ありがとう!」
と告げた。私の顔面が心からの笑顔を作るのは、久し振りだった。そのせいで、ぎこちない表情になってしまった気がする。
案の定、三輪くんは戸惑ったように、
「あ、うん。どういたしまして」
と答えた。
■
いつもそうであるように、帰途についた私の足取りは、家が近づくほどに、だんだんと重くなっていく。
ビニール袋いっぱいのよもぎも、その気分を救うことはできなかった。
私にも、今までに友達がまったくできなかったわけではない。
けれど、家に遊びに来るほど仲のいい友達ができてしまうと、必然的に、その子は私の父親と会うことになる。
父親は常に汚い家の中にいたし、常にお酒を飲んでいたし、町の評判も悪かった。
父親を友達に見られるのが恥ずかしかった。それなら、一人でいる方がましだと思えるほどに。
そう思ってしまう自分は、ひどい親不孝者なのではないかと悩んだ。
友達ができなくなると、身なりに構わなくなった。
髪は野放図に肩の下まで伸び、服は毛玉だらけの使い古しで、中学の制服が私の一番おしゃれな服だった。
夕闇の中で家のドアを開けると、私が少なくとも一年は家で口にしていない、豚肉か何かの匂いがした。今日も私の口に入ることはないのだろうけど。
私は意地でも生唾など呑まないと心に決めて、よもぎをしっかりとわきに抱え、廊下に上がった。
「ただいま」
「お前金どうした」
髪も髭もぼさぼさの父さんは、穴が開いた深緑のトレーナーに灰色のスウェットといういつも通りの姿で、廊下に仁王立ちしていた。
「どうもしない。そこどいてよ」
「嘘つけ。二千円減ってる。金のことはちゃんとしないといけない」
「学校用の靴買ったよ! いいでしょ、それくらい!」
お父さんの横をすり抜けようとしたところで、襟首を捕まえられた。
「お前ほんと、謝らないよな。自分が悪くても、絶対に謝らない」
「そんなことない」
お父さんの体臭が、腕を伝って私のうなじから背中にしみこんでくるようで、寒気がした。
でも、人が嗅いだら、私もとっくにお父さんと同じ匂いがしているのかもしれない。
「あるだろ。謝れ」
「分かった、これからはちゃんと言うから」
と言って私は小さく頭を下げた。
確かに、お父さんに謝るのは嫌だった。たとえ私が悪くても、絶対に「ごめんなさい」と言いたくなかった。
それをやったら、自分の立っている場所が、崖の縁が削れるように崩れ落ちてしまうような気がした。ただでさえすでに広くはない、私の足場が。
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