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これから庶民派デートで信也を喜ばせ、帰ってから手作りディナーとケーキでもてなすのだ。ディナーは仕込み済み、あとはケーキだけだ。
「今日のデートは私に任せて!」
「頼もしいね。じゃあ今日は全部、お姫様にお任せするよ」
珍しくリードする気配を見せる日菜を、信也は微笑ましく見守っている。
(なんか、保護者みたいな眼差しだな……)
よく見る表情だ。複雑だが気にしない。
(絶対に、信也くんを喜ばせてみせるんだから)
やがてたどり着いた日菜の目的地に、信也は意外な顔をした。
「ここは……ゲームセンターだよね?」
「そうだよ、ここで私と一緒に遊ぼう!」
日菜が信也を連れてきたのは、マンションから徒歩3分のゲームセンターだった。
小さい頃はお金持ち、学生時代は苦学生、そして現在再びお金持ちの信也。そこそこお金を使う庶民の遊び場・ゲームセンターなら、遊んだ経験が無いだろうと踏んだのだ。
「信也くん来たこと無いよね?」
「いや……学生時代に来たことはあるけど」
初めから予想を外した日菜はショックを受けた。しゅんとする日菜に、信也が慌てて気を遣い出す。
「あ、でも実際にはやったことないから、初めてみたいなものだよ」
初めてと聞いてやる気を取り戻した日菜は、信也の手を引いてクレーンゲームの前にやってきた。
以前信也がエターナルランドで可愛いと言ったキャラクター、クマのピーサのぬいぐるみの台にお金を投入する。
「見てて、私が信也くんのピーサ、取ってあげるからね」
しかし何度やってもうまくいかない。両替を繰り返しながらプレイし続けていると、見かねた信也が代わった。器用にクレーンを動かし、ぬいぐるみを掴む様子を、日菜は唖然として眺めていた。
「信也くんは一発で取っちゃうんだ……」
呟いた日菜は、たった百円で落ちてきたピーサのぬいぐるみを手に、またしゅんとする。
「あ、違うよ日菜、取れたのは、君が落としやすい位置に持ってきてくれたおかげ。だから日菜が取ったようなものだよ、ありがとう」
「…………」
(気を遣われるとさらに切ない……)
「ほら、あっちのぬいぐるみのもやってみようよ。僕はあれが欲しいな」
信也が指差した先には巨大なミリーキャットのぬいぐるみがあった。礼央に貰ったものより大きい。取るのは難しいだろう。
「信也くん、ピーサじゃなくてミリーちゃんが欲しいの?」
「あれが欲しいんだ」
信也は何度かプレイしたが、流石に獲物が大きすぎて失敗した。二人で交代しながら何度もチャレンジするも上手くいかない。
やがて日菜が台の側面に張り付き、信也がボタン操作を担当、もう少し右だとか左だとか、お互い指示を出し合って取りに行くという暴挙に出る。
みっともない夫婦は、必死な努力の末ぬいぐるみを手に入れた。
「はい、信也くんこれ。誕生日プレゼント」
帰り道、日菜が上機嫌でぬいぐるみを差し出すと、信也は困ったように笑った。
「それは日菜のだよ」
「え、なんで? 欲しかったんじゃないの?」
「うん、欲しかったよ。八乙女先生のぬいぐるみより大きいのが」
「えっ?」
目をぱちくりさせる日菜にぬいぐるみをしっかり抱かせると、信也は懇願する。
「八乙女先生のぬいぐるみも大切にしていいけど、僕と取ったぬいぐるみの方をもっと大事にして」
ようやく信也の意図を理解し、日菜は笑った。
「わかった。ふふ、信也くん可愛いな。ヤキモチ焼いてくれてるんだよね?」
「そうだね。妬いてるよ、すごく」
信也は熱っぽい眼差しで、笑顔の日菜の頬に触れた。夜の歩道は人通りが少なめとは言っても、人目がないわけではない。
「いつも言ってるよね、可愛いのは日菜だって。今日は特に可愛くて……そんな顔で可愛く笑われたら、もう待てないよ」
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