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食べていい?
マンションのエントランスから中に入り、エレベーターに乗り、ようやく部屋に入った瞬間、信也は日菜をドアに押し付けるような形で深いキスをした。
キスの合間に、日菜は慌てた声を出す。
「ま、待って信也くん、お祝いの準備がまだ」
「ディナーの準備はほぼできてたよね? 出る前に冷蔵庫見たけど」
「ケーキがまだなの、途中で真由香さん達が来たから」
「ケーキはいいよ。ケーキより甘い日菜が食べたい」
「でも、それじゃプレゼントが何も……」
デートは上手くいったとは言いがたいのだ。せめてケーキに蝋燭を立ててお祝いしたい。しかし信也はそれどころではなさそうだ。
「プレゼントなら貰ったよ。ピーサのぬいぐるみ」
「それだって信也くんが取ったんだもん……」
日菜がしゅんとすると、信也は困惑を見せた後、長い息を吐いてから折れた。
「わかった、ケーキができるまで待つから、そんな顔しないで」
解放された日菜は、慌ててキッチンに向かう。残りの作業は生クリームをスポンジケーキにデコレーションすることだ。
日菜が一生懸命生クリームを泡立てていると、信也が背後に立った。ハンドミキサーとボウルを置いて、日菜は振り返ろうとする。
「? どうしたの信也く……っ!」
小さな音を立てて、日菜の背中のファスナーが信也によって下ろされる。日菜は気をつけの姿勢で硬直した。
「やっぱりごめん、先に日菜を食べさせて。可愛すぎて無理だよ」
「ま、待ってってば、信也くん」
脱がされたワンピースが足元に落ちる。あらわになった背中で、下着のホックを外された。
「真由香の言う通りだよ。僕が欲しいのは物のプレゼントじゃなくて、日菜だけだ」
「でも、ケーキできるまで待ってくれるって!」
「ケーキ、あとは何をすれば完成なの?」
「あとは生クリームを塗って……」
「そうなんだね、わかった」
日菜を振り向かせて下着を取り去った信也は、生クリームのボウルを手に取った。指先でひとすくいしてペロリと舐めてから、日菜の裸の胸部に塗りつける。
「や、やだ……何するの」
「生クリームを塗れば完成なんだよね?」
「塗る場所間違ってるから……! 私に塗るわけないじゃない!」
「美味しそうだね。食べていい?」
返事を聞く前にねっとりと舐め上げられて、日菜は思わず高く細い声を上げた。
薄い生クリームのせいでスポンジ生地が見えてしまっているケーキに蝋燭を立てながら、日菜は不機嫌に眉を寄せていた。不恰好極まりない。
「僕は、言うほど悪くないと思うんだけどな、このケーキ……」
控えめにフォローを入れてくる信也を、恨めしげに見つめる。
「そんなことない。ていうか、ケーキに見えないよね。生クリームが足りなかったから!」
膨らませた日菜の頬を、信也がつつく。お決まりのやり取りに、まだ怒っていたかった日菜も思わず吹き出してしまった。
「……信也くんのお祝いだもんね。今日は許してあげるけど、来年はしないでね?」
「わかった。約束はできないけどね」
「もう、信也くん!」
二人で笑いながら蝋燭に火をつけて、日菜がバースデーソングを歌い、信也が吹き消した。
極端に生クリームが少ないケーキだが、意外なことに味はまずまずだった。食感がボソボソしていたが。
「楽しい二日間だったね。終わっちゃうのが勿体ないな」
日菜が言うと、信也は日菜の髪を撫でた。
「また来年も、その次も、ずっとあるからね。毎年楽しみだね」
ソファで寄り添いながら、二人は微笑み合う。ソファの隅には、必死な二人が取ったぬいぐるみが座らされていた。
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