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王子様とお姫様
日々の仕事をこなしながら結婚式の準備に明け暮れ、あっという間に毎日は過ぎて行った。
式場の見学や両家の顔合わせ、結納、前撮りや各種打ち合わせ。
真由香に強引にエステに通わされたのには参ったが、順調に事は進んでいた。
そんなある夜、日菜は夢を見た。夕暮れの公園で、ブランコを止めてくれた少年の信也が、頬を赤らめて、幼い日菜に耳打ちする――
やがて訪れた結婚式の前日、日菜と信也はそれぞれの実家を尋ねた。
日菜の実家からの帰りがけ、武志が信也に深々と頭を下げる。
「信也くん、本当にありがとう。日菜の病気を治してくれて、仕事まで……。もう二度と、娘の笑顔は見れないんじゃないかと思っていた。なんとお礼を言っていいか……」
「いいえ、病気を治したのは日菜さん自身です。頑張り屋で、いつも一生懸命な日菜さんだから克服出来ました。僕はそんな日菜さんと一緒にいられて、毎日本当に幸せです」
そう言って、信也も頭を下げた。
「日菜さんを産んで育ててくれて、ありがとうございました。僕が必ず幸せにします」
やり取りを聞いていた日菜の目から、涙が溢れる。武志もゆり子も、感極まったように泣いていた。
日菜の脳裏に、出会ってから起こった数々の出来事が浮かぶ。
最初は目も合わせられなかった。信也を好きになり、信也と一緒に病気を治して、誤解を解いて心を通じ合わせ、一緒に困難に立ち向かい、そしてお互いを強く想い合える今がある。
幸せな啜り泣きだけが響く優しい沈黙の中、日菜は隣の信也の手を握りしめた。
帰り道、日菜の希望で、二人は例の公園に寄った。
ブランコと滑り台だけの、小さな公園。日が長いため空はまだ夕暮れの色だが、子供たちは居なくなっていた。
「今夜寝て目が覚めたら、もう結婚式なんだね。実感湧かないな」
日菜はしみじみと言いながらブランコに乗り、信也を見上げる。夕焼けのオレンジ色に染まった表情が、とても優しく見えた。
「信也くんには夕焼けが似合うよね」
「うん……?」
「優しくて、一緒にいると安心して、あったかくて……いつも思ってたんだ。夕焼けみたいな人だって」
「それは褒め言葉と思っていいのかな」
「そうだよ。私、夕焼けが大好きなの。信也くんに似てるから」
「僕に似てるから夕焼けが好きなの?」
信也は苦笑した。日菜はにっこりと笑う。
「結婚式の直前にこうして二人で、ここに来れてすごく嬉しい。いつも一緒に遊んだよね、ここで。私たちが出会った大切な場所」
日菜はブランコを漕ぎ出した。しばらくゆらゆら揺れて、揺れが小さくなり、やがて信也が両手で鎖を持って止めてくれる。
日菜は信也をじっと見つめた。
「本当に王子様みたいに、迎えに来てくれたんだね」
「え……?」
「この間、夢で見て思い出したの。僕が王子様になって迎えにくるから、その時は結婚しようねって、昔言ってくれたよね。この公園で、こんな風にブランコを止めてくれた後に……」
信也の頬が見る間に赤くなった。
「それ、思い出さなくていいって言ったのに」
「ラッキー王子よりも格好良い、日菜の王子様になるんだって言ってくれたね。僕のミリー姫は日菜だ! って宣言して」
「もう忘れて……」
耳まで赤くなった信也の顔を、下から覗き込む。
記憶の中の、精一杯に格好付けた小学生の信也も、今目の前で照れている信也も、どちらも愛おしい。
「信也くんは私の王子様だよ。婚約指輪貰った時、本気でそう思ったの。二回目のプロポーズしてくれた時も……」
ブランコから立ち上がると、日菜は信也の背中に腕を回して抱きついた。
「私はお姫様みたいにはなれないけど……。一生幸せにするから、私をお嫁さんにしてください」
信也の手のひらが、日菜の後ろ髪を優しく撫でる。
「よろしくね、僕のお姫様」
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