1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
1
ピーンポーン。
ピーンポーン。
ピーンポーン。
せわしなく、何度も鳴るチャイム。
切れたハズの電球がチカチカと光る。
女は寒い室内なのに、額に汗を浮かべながら震える手で、玄関のドアをゆっくり開ける。
細く開いたドアの隙間から見えたモノは、この手で殺したはずの男の顔。
ガシャーン!!
血にまみれた手で、ドアチェーンいっぱいに開かれたドア。
血まみれの顔をドアの隙間から押し込もうとする男。
声にならない悲鳴を上げて包丁を手に持つ女。
「キャー!キャー!」
「ヤバい、ヤバい。」
「うるさい、良いとこなんだから。」
画面以外からも様々な声が部屋中に響く。
私はクッションを抱えながら、恐怖で声も出せずに固まっている。
今日はクリスマス・イヴ。
聖なる夜に、大学のサークル仲間の寂しいシングルたちが集まって、傷を舐め合うために、クリスマスパーティをしているハズなのに、映画鑑賞として持ってきた映画がホラー映画って、どう言う事?
しかも、ここ。
私の家。
小さい頃に護身術として習っていた古武道のおかげで、痴漢もヤンキーも怖くない私は、みんなには秘密にしてるけど、お化けだけは怖い。
だからホラー映画なんて最悪だ。
メッタメタに刺されるお化けに、脅かすような大きな音。風の音さえもお化けの仕業に思える演出。
もう、限界だ。
目を瞑って映像を見なければいいのかもしれないけど、見なければ見ないで、恐ろしい想像が頭の中に広がる。
結局最後まで、微動だにせず。
イヤ。
微動だに出来ず見終わった。
「イヤー。怖かったぁ~。さすが、ハリウッドがリメイクするだけある、本格的ジャパニーズ・ホラーだわ。」
DVDを持ってきた張本人の小竹が満足そうに感想を言う。
「もー、怖くて叫びすぎて喉が痛い。」
キャー、キャー言う割にしっかり見ていた華が喉を押えながら笑っている。
「今から帰るのが怖くなって来た。」
ほとんど顔を伏せて画面を見ていなかった健人が、眼鏡を直しながら真顔で言う。
「それにしても愛香は凄いね。どんな場面にも動じないでずっと見てたし。」
滲んだ涙をティッシュで拭いながら、詩織が私を褒める。
「だって、作り物でしょ。さすがに大きな音には驚いたけど、それ以外わね。」
まだ固まっている顔を、ポーカーフェイスという事にして、気持ちと裏腹な言葉を吐く。
「私も古武道、習おうかな。そしたら怖いモノ、無くなるよね。」
詩織がティッシュをゴミ箱に捨てながら、言う。
「詩織が古武道とかマジ、ウケる。」
ギャルど真ん中の格好をした華が、フワフワ、ヒラヒラのワンピースを着た詩織にツッコむ。
詩織は乙女の中の乙女で、大学に入学してから今までスカート以外の格好を見たことが無い。
みんな、思い思いの感想を言いながら、帰る準備をする。
終電まで、後15分。
ウチから駅までは徒歩10分。
もう、直ぐに出なければならない。
「ごめん。片付け、全部愛香に任せちゃって。」
みんな、口々に「ごめん」「ありがとう」を言いながら、玄関を出て行った。
みんなが出て行った部屋は、いつも通り狭いけど、ガランとして寂しく感じる。
テーブルに置いてある小さなクリスマスツリーだけが、今日はクリスマスだったって思い出させてくれる。
私は、みんなと過ごして楽しかった残像たちを片付ける。
台所で洗い物を終わらせると、急に音が無くなって、部屋が静かに思えた。
ガタン。
外から物音がして、大きく肩を跳ね上げる。そして恐る恐る、音がした方に顔を向ける。
私はゆっくりと、ベランダへ近づきながら、物音の原因を確かめるべきか、聞かなかったことにするべきか、迷う。
嫌な動悸が、一歩近づくたびに早く、大きくなる。
手に嫌な汗を滲ませながら、締めてあるカーテンに手を掛ける。
聞いてしまった物音を、聞かなかったことに出来るなら、ホラー映画も目を瞑っていられる。
本当は怖くて見たく無いのに、「絶対いない。」と自分に何度も言い聞かせながら、カーテンを開けた。
窓の外は、真夜中のくらい闇が見えるだけで、ガラスに反射する私以外の人の姿は見えない。
私は更に窓も開けると、ベランダを確認した。
いつもと、何ら変わりないベランダ。
冷たい風が木々を揺らし、音を立てている。
もう一度、ベランダを観察する。室外機の側で、空のプラスチックの植木鉢が倒れていた。
音の原因は、この植木鉢だな。
見えない音の正体が分かり、少し安心して、倒れた植木鉢を中に入れる。
ベランダの戸とカーテンを閉めると、更に安堵する。
しかし、エアコンで温まっていた部屋が、一気に冷えて、一瞬、外に出ただけなのに凍えた体は小刻みに震える。
自分の腕を抱えながら、少しでも温まりたくて、手で摩擦する。
チカチカ。
チカチカ。
メインの照明が急に点滅し出した。
私はまた、肩を跳ね上げて、今度は冷たい両手を大きく開いた口に当てた。
そうしないと、声にならない悲鳴を上げてしまいそうだったから。
チカチカ。
チカチカ。
何度も点滅する照明に怯えたが、点滅の原因を思いだした。
そう言えば、昨日から調子が悪くて、みんなが来た時もチカチカしてたけど、気まぐれに直ったりしていた。
映画を見ている間は消していたから、忘れていたのだ。
これも原因が分かると、安心した。でも、安心すると急に、点滅を繰り返す照明に苛立ってきた。
だから、思い切って、消した。
ピーンポーン。
真っ暗になった部屋に、タイミングを見計らったように、チャイムの音が響いた。
最初のコメントを投稿しよう!