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 ピーンポーン。  静かな部屋に響くチャイムの音に、今までで一番大きく肩を跳ねあがらせると、体中に鳥肌が立った。  ピーンポーン。  間隔をあけてもう一度鳴る。  体中に鳴り響く鼓動と、今にも叫び出しそうな声を押えるように、再び汗ばんだ手を強く口に当てる。  ピーンポーン。  さっき見た映画のデジャヴのような状況に、泣きそうになりながらドアを見る。  ここで居留守を使っても、一晩中チャイムが鳴っていたら、確実に私の気がおかしくなる。  本当は聞こえない振りをしたいけど、もうわずかしか残っていない勇気を振り絞って、重い脚を動かす。そして、今にも叫び出しそうな口を片手で押さえ、震える手でノブをひねった。  ゆっくり扉を開けると。  そこには、帰ったはずの健人がいた。  「ごめん、愛香。でも、まだ起きてたよね?」  健人は悪びれた様子も無く、ドアを大きく開けた。  「やっぱり、照明、切れたんだ。」  驚きで固まっている私を、気にする事も無く、部屋の中を覗いて、「どうぞ。」も言ってないのにあがり込んで来た。  「これ、さっきドンキで買ってきた。」  健人はいつもの調子で、キャンプとかで使うランタン?をテーブルに置いて点ける。  「何か、色んな感じの明るさになるらしいよ。明日まで暗いの、怖いでしょ?」  ランタンの灯りに照らされて、真っ暗だった部屋が急にロマンチックな雰囲気になる。  「何で?」  ようやく普通に出るようになった声で、短く問いかける。  「来た時に、照明の調子が悪いって言ってたし。最初の方、チカチカしてたし。」  健人は眼鏡の曇りをハンカチで拭きながら答える。  「何で、今、持ってきてくれたの?」  「だって、愛香、ホラー映画とか苦手だろ。小竹にあんなの見せられて、真っ暗の中で一人とか、怖いじゃん。」  眼鏡の無い健人の笑顔は、サンタクロースみたいに優しい微笑みに見えた。  「何で、私がそう言うの苦手だって知ってるの?」  本当は嬉しいのに、素直に「ありがとう」が言えない。  「だって、愛香の事、いつも見てるし。」  えっ?  「強いけど、強がってるモノが有る事も知ってるし。  あっ、大丈夫。みんなにはまだバレて無いから。」  健人は眼鏡をかけ直し、また微笑んだ。  いつもの健人の顔なのに、いつもとは違って見えるのは、どうして?  「後、俺も一人で帰るの怖いから、今夜は愛香と一緒にいて良い?」  ん?  どういう事?  「それって、お化けが怖いモノ同士、一緒にいようって事?」  「うん。でもそれは建前。  本当は、愛香が好きだから、一緒にいたい。」  いきなりの衝撃発言に、目まいがした。  思わずテーブルに手を付くと、健人が心配そうに腕を掴んだ。  「大丈夫?」  間近で見た健人の顔は、やっぱり、いつもの健人の顔とは全然違って、男らしく思えて、ドキッとした。  「大丈夫。それより、いきなりそんな事言われても、困る。」  急に恥ずかしくなって、まともに健人の顔が見られなくなる。私は、思わず顔を逸らして呟く。  「そうだよね。まぁ、返事は急がないから。じっくり俺の事観察してから、答えだして。  でも、今夜は絶対に何もしないから、一緒にいよう。  それで、このランタンは俺から愛香へのクリスマスプレゼント。で、今から朝まで時間は、愛香からの俺へのプレゼント。って事で、どう?」  健人は私が返事をしないうちに、ロマンチックな明かりを灯すランタンを持ちながら、私の腕を引いてソファーに並んで座らせた。  ローテーブルに置かれたランタンの明かりに、小さなクリスマスツリーが照らされると、健人の勝手な提案を擁護しているように思えた。  だからかな。混乱する私の頭と心は、健人の言葉に傾いた。  「絶対に何もしないでよ。」  私は隣に座る健人をチラッと見て呟いた。  「絶対何もしないっていうのは建前。でも、愛香相手に力ずくで迫ろうなんて、命知らずでも無いのは事実。」  「何なのそれ。」  「駆け引きしてるの、俺なりに。」  健人はうろたえる私を見て、嬉しそうに笑った。  いつもは、騒がしいみんなを穏やかな顔で見守っている健人が、こんな風に気持ちを伝えるなんて意外過ぎて、ドキドキする。  もしかして、聖夜のホラーナイトのドキドキが誕生させたのは、キリストじゃ無くて、私の小さな恋の種なのかもしれない。    
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