死体は語る

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『私はやっぱり死んだのですね。少しずつ体が動かなくなって行ったから……』     少女を恐る恐る見ると口は動いてはいるが、その悲痛な声は口からではなく直接頭の中に語りかけて来る。   『あの日は体が燃えるように熱くて……熱があるのは分かっていたのですけど私はアルバイトに行きました。居酒屋のアルバイトです。うちは父親がいないので私もできるだけ金銭的に手伝いをしないといけないのです。その日はとても忙しくて時間になっても帰れませんでした。本当は夜遅くは働いちゃいけないのです。まだ十五歳ですから。だからできるだけ表に出ないように裏で皿洗いをしていました。悪寒がして立っているのがやっとでしたけど……どうにか最後までやり切りました。 店の外に出ると冷たい雨が降っていましたが私は雨の中を自転車で家に帰ったのです。  私は家に帰るなり濡れた体も拭かずにベッドに倒れ込みました。 熱のせいか喉がカラカラに渇いていましたがとても冷蔵庫に飲み物を取りに行く力はありませんでした。母は深夜の仕事をしてますから朝方にしか帰らないのです。 意識は朦朧としていましたが朝方母が帰って来た音がしました 。お水が欲しいと声に出しましたが……私の声は小さすぎて母には届きませんでした。母はいつも夕方まで寝ているので起きて来ない私に気付いたときには私はもう……死んでいたのだと思います』  語り終えたのか少女はまた骨を軋ませて解剖台に背中をつけ瞼を閉じた。蟹江は俺の手を離しその大きな手で少女の頭を(いたわ)るように撫でると、俺に外に出るようにと促した。  廊下に出ると入れ違いに数人の職員が解剖室に入って行った。これから少女の解剖が始まるのだ──最小限の。 俺は今日の取材で知れた「使命感、これぞ天職」と 、法医学者になった蟹江剛太郎の人となりをどう書けばいいのだろうか。                 END
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