死体は語る

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 ■  ○○大学病院別館地下の薄暗い、待合室というよりも関係者の休憩所みたいな所で、俺は緑色のビニールレザーの長椅子に座り、目の前の自動販売機の品揃えを何とは無しに眺めながらある人物を待っていた。  するとやがて薄暗い廊下からアルコール消毒の匂いと共に、長椅子と似たような緑色のビニールスリッパをスコスコ鳴らして、白衣姿の待ち人は現れた。俺は即座に立ち上がり挨拶をした。 「蟹江先生ですか。初めまして、✕✕大学病院の七尾先生から紹介を受けました雑誌【オズ】の恩田康介(おんだこうすけ)と申します。本日はお忙しいところ有難うございます」    法医学者の蟹江剛太郎(かにえごうたろう)は五十を過ぎた辺りの、失礼ながら一癖も二癖もありそうな印象の、身長百八十センチを優に超える大柄な男だった。 無精髭と天然パーマらしい無造作な髪型といった多少近寄りがたい雰囲気は、俺がイメージしていた蟹江剛太郎に驚くほどピッタリの雰囲気である。    蟹江の風貌に一瞬魅入った俺は我に返って「よろしくお願いします」と、名刺を差し出した。 「恩田康介さん……ああどうも、蟹江です。えーと、七尾君の御友人とか」  蟹江は少し顔を歪めて、くぐもった低い声を発した。いや歪めたのではなく彼なりに微笑んだつもりかもしれない。 「いえいえ御友人だなんて、そんな大層なものじゃないです。蟹江先生、あのう……初めてお会いして厚かましいですが、良かったら僕のことも七尾君みたいに、恩田君と呼んでいただけたら嬉しいです」    俺がもし犬だったら法医学者なる人物を前にして、尻尾を大きく振っていたに違いない。
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